概要
マハトマ・ガンジーがヒンドゥー至上主義者ナトゥラーム・ゴードセーにより射殺された。78歳。ゴードセーはガンジーがムスリムに対して融和的すぎると考え犯行に及んだ。ネルー首相はラジオで「私たちの生活から光が消えた」と国民に伝えた。ガンジーの最後の言葉は「ヘー・ラーム」(おお神よ)とされる。
歴史的背景
分離独立後もガンジーはヒンドゥー・ムスリム間の融和を訴え、パキスタンへの資産分割金支払いを支持する断食を行っていた。ヒンドゥー至上主義組織RSSの元メンバーであるゴードセーはこれを裏切りと見なした。
地形・地理的特徴
ニューデリーのビルラー邸(現ガンジー・スムリティ)の庭園で夕方の祈りの集会中に暗殺された。独立直後のデリーは分離独立に伴う宗教暴動の余波が続いていた。
歴史的重要性
非暴力主義の象徴がその暴力的な死によってさらに神格化された。ガンジーの思想は世界中の市民権運動・平和運動に影響を与え続けている。事件後RSSは一時禁止され、インドの世俗主義路線が再確認された。
参考文献
- Tushar Gandhi, Let's Kill Gandhi, 2007
- Rajmohan Gandhi, Gandhi: The Man, His People, and the Empire, 2007