概要
ガンジーがボンベイの全インド国民会議派委員会で「インドを去れ」(クイット・インディア)決議を採択。「行動するか、さもなくば死すか」(Do or Die)のスローガンで全インドに即時独立を求める運動を展開。イギリスは指導者を一斉逮捕し、ガンジーも1944年まで投獄されたが、各地で自然発生的な蜂起が続いた。
歴史的背景
第二次世界大戦でイギリスがインドの同意なく参戦を宣言したことへの反発、クリップス使節団の提案(戦後の自治を約束)の不十分さ、日本軍のビルマ侵攻による脅威が運動の背景。ムスリム連盟はこの運動に参加しなかった。
地形・地理的特徴
ボンベイで決議が採択され、全インドに運動が波及。第二次世界大戦下で日本軍がインド国境に迫る中、イギリスの戦時統制が強化される都市部と農村部の双方で抗議が展開された。
歴史的重要性
インド独立運動の最後にして最大の大衆運動。イギリスに独立が不可避であることを認識させ、戦後の独立交渉への道を開いた。同時に国民会議派とムスリム連盟の乖離を深め、分離独立の伏線ともなった。
参考文献
- Bipan Chandra, India's Struggle for Independence, 1988
- Gyanendra Pandey, The Indian Nation in 1942, 1988