概要
1958年に開始された大躍進政策の下、農業集団化と非現実的な増産目標が農業生産を壊滅させた。人民公社による共同食堂の設置、農民の製鉄動員による農作業放棄、虚偽の豊作報告に基づく過剰な穀物徴発が重なり、推定1,500万〜5,500万人(最新研究では約4,500万人)が餓死した。人類史上最悪の人為的飢饉であった。カニバリズムの記録も残されている。
歴史的背景
毛沢東は1958年、「15年でイギリスに追いつく」というスローガンの下、農業と工業の大躍進を発動した。「除四害」運動でスズメを駆除したことで害虫が大量発生し、穀物生産に壊滅的打撃を与えた。地方幹部は処罰を恐れて穀物生産量を過大報告し、中央政府はこの虚偽の数字に基づいて穀物を徴発した。反右派闘争で批判的知識人が粛清された後であり、政策への異議申し立ては不可能であった。
地形・地理的特徴
中国の広大な農業地帯全域が飢饉の舞台となった。特に被害が甚大であったのは四川省、安徽省、甘粛省、河南省など内陸農業地帯であった。黄河・長江流域の肥沃な農業地帯においても、無秩序な灌漑事業や深耕政策が土壌を劣化させた。山間部の農村は物資輸送が困難で救済が遅れた。
歴史的重要性
中国共産党史上最大の人災であり、毛沢東は国家主席を辞任して劉少奇・鄧小平に実務を委譲した(ただし党主席は維持)。この権力移動への不満が後の文化大革命の伏線となった。飢饉の実態は長らく隠蔽されたが、1980年代以降徐々に明らかにされ、全体主義体制における情報統制と政策失敗の関係を問う歴史的教訓となった。
参考文献
- Frank Dikötter『Mao's Great Famine: The History of China's Most Devastating Catastrophe, 1958–62』
- 楊繼繩『墓碑:中國六十年代大饑荒紀實』