「遊牧帝国」に関する歴史的出来事
5件の出来事
紀元前209年頃
冒頓単于と匈奴帝国の統一
冒頓単于が父・頭曼単于を殺害して匈奴の王位を簒奪し、モンゴル高原を統一。東胡・月氏を撃破して中央アジアから満州にまたがる大帝国を建設。白登山の戦い(前200年)で劉邦を包囲し、漢に屈辱的な和親策を強い
モンゴル高原
紀元前209年
匈奴帝国の形成(冒頓単于)
冒頓(モードゥン)が父の頭曼単于を殺害して匈奴の単于(最高指導者)に即位し、周辺の遊牧民族を統合して最初の遊牧帝国を形成。漢の高祖劉邦を白登山で包囲(紀元前200年)し、和親政策(漢の公主の降嫁と歳幣
中央アジア・モンゴル
552年〜744年
突厥帝国の建国
チュルク系遊牧民がブミン・カガンの下で柔然を打倒し建国。最盛期にはモンゴルからビザンツ帝国の国境まで及ぶ広大な帝国を形成。582年に東西に分裂。東突厥はオルホン碑文(732年)を残し、チュルク語の最古
中央アジア・モンゴル
744年〜840年
ウイグル帝国とマニ教の受容
チュルク系ウイグル族が突厥帝国を打倒して建国。762年にウイグルのカガン(ベグ・カガン)がマニ教に改宗し、遊牧帝国として初めてマニ教を国教に採用した異例の出来事。唐の安史の乱(755-763年)の鎮圧
中央アジア・モンゴル
1206年
チンギス・カンのモンゴル統一
テムジンがモンゴル高原の遊牧民諸部族を統一し、大クリルタイでチンギス・カン(大いなる支配者)の称号を得た。十進法に基づく軍事組織、ヤサ(法典)の制定、メリトクラシー(能力主義)の採用により、史上最大の
中央アジア・モンゴル