「近代化」に関する歴史的出来事

6件の出来事

1689年〜1725年
ピョートル大帝の西欧化改革
ツァーリ・ピョートル1世が推進した急進的な西欧化・近代化改革。1697-98年の大使節団(自ら偽名で参加)で西欧の技術を学んだ後、軍制改革(常備陸海軍の創設)、行政改革(参議会制度)、文化改革(貴族の
ロシア
1805〜1849年
ムハンマド・アリーの権力掌握と近代化改革
アルバニア系オスマン軍人ムハンマド・アリーがエジプト総督(ワーリー)として権力を握り、1811年にシタデルの宴でマムルーク指導者を一掃。ヨーロッパ式の軍制改革、工業化(繊維工場)、教育改革(留学生派遣
エジプト・カイロ
1839年〜1876年
タンジマート改革
ギュルハネ勅令(1839年)により開始されたタンジマート(再編)は、オスマン帝国の近代化改革運動。法の前の平等、財産権の保障、徴税制度の合理化、軍制改革を柱とした。1856年の改革勅令で非ムスリム臣民
オスマン帝国・イスタンブール
1861年〜1895年
洋務運動
曾国藩・李鴻章・左宗棠・張之洞ら漢人官僚が「中体西用」(中国の伝統を本体とし西洋技術を手段とする)をスローガンに近代化を推進。江南製造局、福州船政局、漢陽鉄廠などを建設し北洋艦隊を整備。
中国・各地
1868年〜1910年
チュラロンコーン大王(ラーマ5世)の近代化改革
ラーマ5世チュラロンコーン大王が奴隷制の段階的廃止、近代的行政制度(省庁制度)の導入、教育改革、鉄道建設などの大規模な近代化改革を推進。同時にイギリスとフランスの間の巧みな外交でタイの独立を維持した。
タイ・バンコク
1871年〜1873年
岩倉使節団
1871年、岩倉具視を特命全権大使、大久保利通・木戸孝允・伊藤博文らを副使とする約50名の使節団(随員含め約107名)が欧米に派遣された。不平等条約改正の予備交渉と西洋文明の視察が目的。条約改正は失敗
欧米各国