「科挙」に関する歴史的出来事

5件の出来事

581年
隋の建国と南北統一
北周の外戚・楊堅が禅譲を受けて隋を建国。589年に南朝の陳を滅ぼし、西晋以来約300年ぶりに中国を統一した。三省六部制・科挙・均田制・府兵制を整備し、後の唐制の基礎を築いた。
中国・長安
690年〜705年
則天武后の治世
唐高宗の皇后・武則天が中国史上唯一の女帝として即位し、国号を周と改めた。科挙を拡充して寒門出身者を登用し、門閥貴族の勢力を抑制。密告政治で反対派を粛清する一方、対外的には安定した統治を実現。
中国・洛陽
958年
高麗の科挙制度導入
高麗第4代王・光宗が後周からの帰化人・双冀の建議を受けて科挙制度を導入。製述業(文章)・明経業(儒教経典)・雑業(技術)の三科を設け、家柄によらない人材登用の道を開いた。これにより新興文臣層が台頭し、
高麗・開京
朝鮮時代全期
朝鮮の身分制度と両班文化
朝鮮の身分は両班・中人・常民・賤民の四身分に大別された。両班(文班・武班)は科挙を通じて官職に就く支配層で、人口の約10%。中人は技術官僚、常民は農民、賤民は奴婢・白丁など。18世紀以降、経済力を持つ
朝鮮全域
1905年
科挙制度の廃止
清末新政の一環として1300年以上続いた科挙制度が廃止。西洋式の学校教育制度への移行を図った。最後の殿試は1904年に行われ、劉春霖が中国史上最後の状元(首席合格者)となった。
中国・北京