「毛沢東」に関する歴史的出来事
8件の出来事
1921年
中国共産党の結成
陳独秀・李大釗らを中心に上海で中国共産党第一回全国代表大会を開催。毛沢東ら13名の代表が参加。コミンテルンの代表マーリンも出席。マルクス・レーニン主義に基づく革命政党として出発した。
中国・上海〜嘉興
1934年〜1936年
長征
蒋介石の第五次囲剿作戦に包囲された中国共産党が瑞金ソビエトを放棄し、約8万6千人で長征を開始。途中の遵義会議(1935年)で毛沢東が指導権を確立。1年以上かけて延安に到達したのは約8千人。
中国・江西〜貴州〜四川〜陝西
1949年10月1日
中華人民共和国の建国
国共内戦に勝利した毛沢東が天安門楼上から「中華人民共和国中央人民政府は本日成立した」と宣言。社会主義国家として建国。蒋介石の国民政府は台湾に撤退。土地改革、反右派闘争、社会主義改造を推進。
中国・北京
1950年〜1953年
朝鮮戦争参戦(抗美援朝)
1950年10月、彭徳懐率いる中国人民志願軍約30万が「抗美援朝」(アメリカに抵抗し朝鮮を援助)の名目で参戦。国連軍を38度線以南に押し返した。毛沢東の長男・毛岸英も戦死。約3年の戦闘で推定死者18万
朝鮮半島
1958年〜1962年
大躍進運動と大飢饉
毛沢東が15年でイギリスを追い越すと宣言し大躍進運動を発動。人民公社の設立と土法製鉄を推進。農業生産の水増し報告と農村からの過度な穀物徴発が大飢饉を招き、推定1500万〜5500万人が餓死した。
中国・全土
1959-1961年
中国大躍進政策の大飢饉
1958年に開始された大躍進政策の下、農業集団化と非現実的な増産目標が農業生産を壊滅させた。人民公社による共同食堂の設置、農民の製鉄動員による農作業放棄、虚偽の豊作報告に基づく過剰な穀物徴発が重なり、
中国全土
1966年〜1976年
文化大革命
毛沢東が「資本主義の道を歩む実権派」の打倒を呼びかけ文化大革命を発動。紅衛兵が全国で「破四旧」(旧思想・旧文化・旧風俗・旧習慣の破壊)を実行。劉少奇は失脚して獄死、鄧小平も2度失脚。林彪事件(1971
中国・全土
1972年
ニクソン訪中と米中接近
1971年のキッシンジャー秘密訪中を経て、1972年2月にニクソン大統領が北京を訪問。毛沢東と会談し上海コミュニケを発表。「一つの中国」原則を確認し、米中関係の正常化に向けた歴史的一歩を踏み出した。
中国・北京