「明治時代」に関する歴史的出来事
14件の出来事
1868年
明治維新と五箇条の御誓文
明治天皇が五箇条の御誓文を発布し、「広く会議を興し万機公論に決すべし」など近代国家建設の方針を宣言。版籍奉還(1869年)、廃藩置県(1871年)により封建制度を解体し、中央集権的近代国家の基盤を構築
日本・京都/東京
1871年7月14日
廃藩置県
1871年、明治政府は全国の藩を廃止して府県を設置し、中央集権的な統一国家を確立した。薩摩・長州・土佐の藩兵を御親兵として東京に集め、軍事力を背景に断行。約260の藩が一朝にして消滅し、旧藩主は華族と
日本・東京
1871年〜1873年
岩倉使節団
1871年、岩倉具視を特命全権大使、大久保利通・木戸孝允・伊藤博文らを副使とする約50名の使節団(随員含め約107名)が欧米に派遣された。不平等条約改正の予備交渉と西洋文明の視察が目的。条約改正は失敗
欧米各国
1872年
富岡製糸場の開業と殖産興業
明治政府が殖産興業政策の模範工場として設立した官営製糸場。フランスの最新技術を導入し、日本の近代製糸業の発展を牽引。生糸は明治期最大の輸出品となり、日本の工業化を支えた。2014年にユネスコ世界文化遺
日本・群馬
1874年〜1890年
自由民権運動
1874年、板垣退助らが「民撰議院設立建白書」を提出し、自由民権運動が本格化。国会開設、憲法制定、地租軽減、不平等条約改正などを要求。1881年に国会開設の勅諭が出され、1890年の帝国議会開設で一応
日本・全国
1877年
西南戦争
西郷隆盛が率いる旧薩摩藩士約13000人が明治政府に対して挙兵した日本最後の内戦。熊本城の攻防、田原坂の激戦を経て政府軍が勝利。西郷は城山で自刃。約7ヶ月の戦闘で双方合わせて約14000人が死亡。
日本・鹿児島〜熊本
1889年
大日本帝国憲法の発布
伊藤博文を中心に起草されたアジア初の近代憲法。プロイセン憲法を範とし、天皇主権・帝国議会・臣民の権利を規定。1890年に第1回帝国議会が開かれ、立憲政治が開始された。
日本・東京
1891年〜1901年
足尾鉱毒事件と田中正造の直訴
足尾銅山の鉱毒が渡良瀬川流域の農業に壊滅的被害を与えた日本初の公害事件。衆議院議員・田中正造は議会で再三問題を取り上げ、1901年には議員を辞して明治天皇に直訴を試みた。谷中村の強制廃村は近代日本の暗
日本・栃木
1891年10月28日
濃尾地震
1891年10月28日、マグニチュード8.0の巨大地震が濃尾平野を襲い、死者7,273名、全壊家屋約14万棟の被害を出した。根尾谷断層は世界的にも最大級の地表断層で、現在も国の特別天然記念物として保存
日本・愛知県
1894年〜1895年
日清戦争
朝鮮の支配権をめぐり日本と清国が開戦。日本は陸海両面で清軍を圧倒し、下関条約で台湾・遼東半島の割譲と賠償金2億テールを獲得。しかし三国干渉により遼東半島を返還。日本は東アジアの列強の一員となった。
朝鮮半島・中国
1894年〜1895年
日清戦争・下関条約
1895年4月、日清戦争の講和として下関条約が調印された。伊藤博文・陸奥宗光と李鴻章が交渉。清国は朝鮮の独立を認め、遼東半島・台湾・澎湖諸島を割譲、賠償金2億両(約3億円)を支払った。しかしロシア・フ
日本・下関
1902年1月30日
日英同盟
1902年、日本とイギリスが軍事同盟を締結。ロシアの東アジア進出に対抗するための二国間同盟で、一方が第三国と交戦した場合に他方は中立を保ち、二カ国以上と交戦した場合は参戦する義務を負った。小村寿太郎外
イギリス・ロンドン
1904年〜1905年
日露戦争と日本海海戦
満州・朝鮮の覇権をめぐり日本とロシアが開戦。旅順攻囲戦・203高地の激戦・奉天会戦での陸戦と、日本海海戦での東郷平八郎によるバルチック艦隊の壊滅が戦局を決した。ポーツマス条約で日本は南樺太と満州の権益
中国・満州/対馬海峡
1905年9月5日
ポーツマス条約と日比谷焼打事件
1905年9月、日露戦争の講和としてポーツマス条約が調印された。小村寿太郎がロシアのウィッテと交渉。ロシアは南樺太の割譲、韓国における日本の優越権、南満洲の権益を認めたが、賠償金は得られなかった。国民
アメリカ・ポーツマス