「明」に関する歴史的出来事
13件の出来事
1351年〜1368年
紅巾の乱と元の滅亡
白蓮教徒を中心とする紅巾軍が各地で蜂起。韓山童・劉福通らが指導したが内部分裂。朱元璋が群雄の中から台頭し、1363年に鄱陽湖の戦いで陳友諒を撃破。1368年に明を建国し、元を北方に駆逐した。
中国・華中〜華北
1368年
朱元璋の明建国
紅巾の乱から身を起こした朱元璋が南京で明を建国し洪武帝と号した。北伐軍を派遣して元を北方に駆逐し、中国を統一。胡惟庸の獄・藍玉の獄で功臣を粛清し、皇帝独裁体制を確立した。
中国・南京
1380年
胡惟庸の獄と宰相制度の廃止
洪武帝が宰相・胡惟庸を謀反の罪で処刑し、連座者3万人以上を粛清。これを機に千年以上続いた宰相制度を廃止し、皇帝が六部を直接統率する体制を確立。後に藍玉の獄(1393年)でも1万5千人を粛清。
中国・南京
1410年〜1424年
永楽帝のモンゴル親征
永楽帝が自ら大軍を率いてモンゴル諸部族を5度討伐。オイラト・タタールの勢力を一時的に圧倒したが、遊牧民の機動力に完全な勝利は得られず。1424年、第5次遠征の帰路に楡木川で崩御。
モンゴル高原
1449年
于謙の北京防衛
土木の変で英宗が捕虜となった危機の中、兵部尚書・于謙が北京遷都論を退け防衛を主張。景泰帝を擁立し、オイラト軍の北京攻囲を撃退。英宗帰還後の「奪門の変」で于謙は冤罪で処刑された。
中国・北京
16世紀〜17世紀
景徳鎮磁器と銀の大量流入
明代の景徳鎮は世界最大の磁器生産地となり、年間数百万点を生産。ポルトガル・オランダ・スペインの商人が大量に購入し、メキシコ銀・日本銀が対価として中国に流入。マニラのガレオン貿易が環太平洋の銀経済を形成
中国・江西省景徳鎮
1508年〜1529年
王陽明の陽明学
明の儒学者・王守仁(号・陽明)が朱子学を批判し、心即理・知行合一・致良知を核心とする陽明学を創始。良知(生まれながらの道徳的判断力)を万人が持つとし、実践を重視した。
中国・貴州〜浙江
1555年〜1567年
戚継光の倭寇掃討
明の将軍・戚継光が精鋭の「戚家軍」を率いて倭寇を掃討。鴛鴦陣(11人一組の連携戦法)を編み出し、台州九捷など連戦連勝。兪大猷と共に江南沿岸の倭寇を壊滅させた。
中国・浙江〜福建沿岸
1572年〜1582年
張居正の改革
明の内閣首輔・張居正が万暦帝の幼少期に実権を掌握し大改革を断行。一条鞭法(諸税の銀納一本化)を全国に施行、考成法で官僚の業績評価を厳格化。財政を立て直し国庫に10年分の歳入を蓄積した。
中国・北京
1578年
李時珍『本草綱目』
明の医学者・李時珍が27年の歳月をかけて『本草綱目』を完成。1892種の薬物、11,096の処方を収録した世界最大の薬学書。動植物・鉱物を体系的に分類し、従来の本草書の誤りを修正した。
中国・湖北省蘄春
1583年〜1610年
マテオ・リッチの来華と西洋科学
イエズス会宣教師マテオ・リッチが中国に渡り、儒服を着て中国文化に適応しつつ布教。坤輿万国全図(世界地図)を作製し、ユークリッド幾何学を徐光啓と共訳。西洋天文学・数学・地理学を中国に紹介した。
中国・北京
1588年〜1620年
万暦帝の怠政
張居正の死後、万暦帝は28年間朝廷に出席せず(「万暦怠政」)。官僚の任命を放置して多くのポストが空席のまま放置された。鉱税の徴収に宦官を派遣して民衆の怨嗟を招いた。一方で万暦の三大征には莫大な軍費を費
中国・北京
1607年〜1633年
徐光啓と西洋科学の導入
明末の官僚・科学者の徐光啓がマテオ・リッチとユークリッド『幾何原本』を共訳(前6巻、1607年)。キリスト教に改宗し、西洋天文学を取り入れた暦法改革を推進。『農政全書』で農業技術を集大成。
中国・上海〜北京