「後漢」に関する歴史的出来事
7件の出来事
25年
光武帝の後漢建国
劉秀(光武帝)は前漢の宗室の末裔として挙兵し、各地の群雄を平定して25年に後漢を建国。洛陽を首都とし、柔和な統治で戦乱からの復興を図った。奴婢の解放、税の軽減、兵役の免除などの民政に力を入れ、「光武中
中国・洛陽
57年
奴国王が後漢より金印を受領
倭の奴国の使者が後漢の光武帝に朝貢し、「漢委奴国王」と刻まれた金印を賜った。『後漢書』東夷伝に記録される。1784年に志賀島で発見された金印がその実物とされ、日本と中国の最古の外交記録の物証。
日本・福岡
73年〜102年
班超の西域経営
後漢の班超が西域都護として31年間にわたり中央アジアを経営。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」の名言で知られる。匈奴の勢力を排除し、シルクロード交易を復活。部下の甘英をローマ帝国(大秦国)に派遣した。
中央アジア・西域
105年
蔡倫の製紙法改良
105年、宦官の蔡倫が樹皮・麻くず・ぼろ布・古い魚網を原料とする製紙法を改良し、和帝に献上した。紙自体は前漢時代から存在したが、蔡倫の改良により品質が向上し、竹簡や絹に代わる安価な書写材料として広く普
中国・洛陽
132年
張衡の地動儀と天文学
後漢の科学者・張衡が世界初の地震計(候風地動儀)を発明。銅製の壺の外周に8匹の龍を配し、地震波の方向を検知した。また渾天儀(天球儀)を水力で駆動させ、円周率を約3.1622と計算した。
中国・洛陽
166年・169年
党錮の禁と宦官専横
後漢末期、宦官と士大夫(儒学官僚)の対立が激化。166年と169年の二度にわたり、宦官が「党人」と認定した士大夫を投獄・禁錮(公職追放)した。李膺・陳蕃ら「清流」の士大夫が犠牲となった。
中国・洛陽
184年
黄巾の乱
184年、張角が率いる太平道の信者が「蒼天已に死す、黄天当に立つべし」のスローガンのもと大規模反乱を起こした。黄色い頭巾を目印としたため黄巾の乱と呼ばれる。全国36の方から数十万人が一斉蜂起。朝廷は各
中国・華北