「弥生時代」に関する歴史的出来事
10件の出来事
紀元前930年頃
菜畑遺跡・日本最古の水田稲作
日本最古の水田跡が確認された遺跡。縄文晩期末(約2930年前)の水田跡と炭化米、農具が出土。大陸から伝播した水田稲作技術が北部九州に最初に受容された証拠であり、弥生時代の始まりを示す。
日本・佐賀
紀元前900年頃
板付遺跡での水田稲作開始
縄文晩期末から弥生早期にかけての水田跡が確認された遺跡。灌漑用水路を備えた本格的な水田経営が行われ、環濠集落も伴う。板付式土器は弥生早期の標式土器として知られる。
日本・福岡
紀元前4世紀〜紀元後3世紀
吉野ヶ里遺跡の環濠集落形成
弥生時代を通じて発展した日本最大級の環濠集落。内濠・外濠の二重環濠に囲まれ、物見櫓、祭祀建物、高床倉庫群が計画的に配置されていた。甕棺墓から出土した人骨には首のない遺体もあり、戦争の痕跡が生々しい。
日本・佐賀
紀元前3世紀〜紀元後1世紀
銅鐸文化圏の形成
弥生時代中期を中心に、近畿・東海地方で銅鐸が製造・使用された。初期は朝鮮半島由来の小型銅鐸だったが、次第に大型化・装飾化し、聞く銅鐸から見る銅鐸へ変化。袈裟襷文・流水文・動物文などの文様が施され、農耕
日本・近畿〜東海
紀元前2世紀〜紀元後2世紀
青谷上寺地遺跡の集落
弥生時代中期から後期の集落遺跡。木製品・骨角器・金属器など多彩な遺物が極めて良好な状態で出土。特に100体以上の人骨が発見され、殺傷痕のある骨も多数含まれることから「弥生の戦争」の実態を示す。
日本・鳥取
紀元前2世紀〜紀元後1世紀
銅矛・銅戈文化圏の形成
弥生時代中期、北部九州では朝鮮半島系の銅矛・銅戈が祭祀用の青銅器として大型化・儀器化した。荒神谷遺跡(島根県)では358本の銅剣が一括出土し、出雲地域の独自の青銅器文化を示す。
日本・北部九州
紀元前1世紀〜紀元後3世紀
出雲王権の形成と四隅突出型墳丘墓
弥生後期から古墳時代初頭、出雲地域では独自の四隅突出型墳丘墓が築造された。西谷墳墓群に代表される大型墳墓は、出雲に独自の政治勢力が存在したことを示す。荒神谷遺跡の銅剣358本、加茂岩倉遺跡の銅鐸39個
日本・島根
57年
奴国王が後漢より金印を受領
倭の奴国の使者が後漢の光武帝に朝貢し、「漢委奴国王」と刻まれた金印を賜った。『後漢書』東夷伝に記録される。1784年に志賀島で発見された金印がその実物とされ、日本と中国の最古の外交記録の物証。
日本・福岡
147年頃〜189年頃
倭国大乱
2世紀後半、倭国で大規模な内乱が発生。『魏志倭人伝』によれば「倭国乱れ、相攻伐すること歴年」と記される。男王の統治が破綻し、最終的に卑弥呼が共立されることで収束した。考古学的には高地性集落の増加や武器
日本・北部九州
189年頃〜248年頃
邪馬台国と卑弥呼の共立
倭国大乱後、30余国の連合体である邪馬台国の女王として卑弥呼が共立された。『魏志倭人伝』によれば鬼道(シャーマニズム)を用い、弟が政治を補佐。239年に魏に使者を送り「親魏倭王」の称号と金印紫綬を受け
日本・九州または畿内