「天文学」に関する歴史的出来事
8件の出来事
紀元前3000年頃〜前500年頃
メソポタミアの60進法と天文学
シュメール人が確立した60進法は時間(60秒×60分)と角度(360度)に現代まで残る。バビロニアの天文学者は月食の周期(サロス周期18年11日)を発見し、惑星の運行を正確に予測した。数学ではピタゴラ
メソポタミア
紀元前200年〜紀元後900年頃
マヤの暦法と天文学の発達
マヤ文明は独自の複数の暦法を発達させた。ツォルキン(260日暦、儀礼暦)、ハアブ(365日暦、太陽暦)、そしてこの二つが組み合わさるカレンダー・ラウンド(52年周期)に加え、紀元前3114年8月11日
メソアメリカ・マヤ地域
132年
張衡の地動儀と天文学
後漢の科学者・張衡が世界初の地震計(候風地動儀)を発明。銅製の壺の外周に8匹の龍を配し、地震波の方向を検知した。また渾天儀(天球儀)を水力で駆動させ、円周率を約3.1622と計算した。
中国・洛陽
480年頃
祖沖之の円周率計算
南朝宋の数学者・天文学者の祖沖之が円周率を3.1415926〜3.1415927の間と算出。これはヨーロッパが同精度に到達する約1000年前の業績。また大明暦を編纂し、歳差の概念を暦法に導入した。
中国・南朝宋
499年
アーリヤバタの天文学・数学
インドの数学者・天文学者アーリヤバタが23歳で『アーリヤバティーヤ』を著述。地球の自転を正しく認識し、地球の円周を39,968kmと計算(実際は40,075km)。円周率を3.1416と近似し、正弦関
南アジア・ビハール
850〜1250年頃
チャコ・キャニオンの繁栄
プエブロ・ボニートを中心とする祖先プエブロ人の大規模儀礼・行政センター。プエブロ・ボニートは4-5階建て、約650室を有する半円形の巨大建築物。峡谷内に12以上の「グレートハウス」が計画的に配置され、
北アメリカ・ニューメキシコ
1420年代〜1449年
ウルグ・ベクの天文台
ティムールの孫ウルグ・ベクが建設した中世世界最大・最精密の天文台。半径約40mの巨大な六分儀を備え、1018個の星の位置を記録した星表(ズィージ・イ・スルタニー)を編纂した。恒星年の長さを365日6時
中央アジア・サマルカンド
1543年
コペルニクスの地動説
ニコラウス・コペルニクスが死の直前に主著『天球の回転について(デ・レヴォリューティオニブス)』を出版し、太陽中心説(地動説)を体系的に提唱した。地球を含む惑星が太陽の周りを公転するモデルで、プトレマイ
ポーランド