「マムルーク朝」に関する歴史的出来事

3件の出来事

1250〜1517年
マムルーク朝の成立
トルコ系・チェルケス系の軍人奴隷(マムルーク)がアイユーブ朝の将軍として実権を握り、最後のアイユーブ朝スルタンを排除して独自の王朝を建国。1260年のアイン・ジャールートの戦いでモンゴル軍を撃退し、十
エジプト・カイロ
1260年〜1517年
マムルーク朝のアイン・ジャールートの戦い後のシリア・エジプト支配
マムルーク朝はアイン・ジャールートの勝利後、エジプトとシリアを統一支配した。奴隷出身の軍人(マムルーク)が支配階級を構成する独特の体制で、スルタン位は実力主義で継承された。1291年にアッコを陥落させ
エジプト・カイロ
1517年
オスマン帝国のエジプト征服
オスマン帝国のセリム1世がマムルーク朝を滅ぼしエジプトを征服。1516年のマルジュ・ダービクの戦い(シリア)と1517年のリダーニヤの戦い(エジプト)でマムルーク軍を火器の優位により撃破。最後のマムル
エジプト・カイロ