「ポルトガル」に関する歴史的出来事
10件の出来事
14〜15世紀
コンゴ王国の成立とポルトガルとの接触
バンツー系のバコンゴ族が建設した中部アフリカの有力王国。1491年にポルトガル人が到達し、キリスト教と火器を伝えた。国王ンジンガ・ア・ンクウ(洗礼名ジョアン1世)がキリスト教に改宗。息子アフォンソ1世
コンゴ・ムバンザ・コンゴ
1488年
バルトロメウ・ディアスの喜望峰到達
ポルトガルの航海者バルトロメウ・ディアスがアフリカ大陸の南端を初めて回航した。嵐に流されてアフリカ南端を通過し、東海岸のアルゴア湾に到達。帰路に岬を発見し「嵐の岬(カボ・ダス・トルメンタス)」と命名し
南アフリカ・喜望峰
1494年6月7日
トルデシリャス条約
スペインとポルトガルが教皇アレクサンデル6世の仲介のもと、新発見地の分割線を定めた条約。カーボヴェルデ諸島の西370レグア(約1770km)の子午線を境界とし、西側をスペイン、東側をポルトガルの勢力圏
スペイン・トルデシリャス
1498年5月20日
ヴァスコ・ダ・ガマのインド到達
ポルトガルの航海者ヴァスコ・ダ・ガマが4隻の船団でリスボンを出航し、喜望峰を回ってインドのカリカットに到達した。往路約10ヶ月の航海で、アフリカ東岸のマリンディでアラブ人水先案内人を雇い入れた。香辛料
インド・カリカット
1498年
ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓
1497年7月にリスボンを出航したヴァスコ・ダ・ガマは、1498年5月20日にインドのカリカットに到達。ヨーロッパからインドへの海上直行ルートの開拓に成功した。アフリカ東岸のモザンビーク、モンバサ、マ
インド洋・ポルトガル〜インド
1500年
ポルトガルのブラジル植民地化
ペドロ・アルヴァレス・カブラルが1500年4月22日にブラジルに到達。当初はパウ・ブラジル(染料用の赤い木材)の採取が主目的であったが、16世紀半ばから北東部でサトウキビ・プランテーションが急速に発展
南アメリカ・ブラジル
1510年
ポルトガルのゴア占領
ポルトガル総督アフォンソ・デ・アルブケルケがビジャープル・スルタン朝からゴアを奪取。インド洋におけるポルトガル帝国の中核拠点として「東方のローマ」と称された。異端審問所の設置(1560年)、聖フランシ
南アジア・ゴア
1511年
ポルトガルのマラッカ征服
ポルトガルの提督アルブケルケがマラッカ王国を征服。ア・ファモサ要塞を建設してマラッカ海峡の制海権を掌握した。マラッカ王室は南方のジョホールに逃れ、ジョホール王国を建国。ポルトガルは香辛料貿易の独占を目
マレーシア・マラッカ
1543年
鉄砲伝来
ポルトガル人を乗せた中国船が種子島に漂着し、火縄銃2挺が島主・種子島時堯に伝わった。時堯は鍛冶職人に複製を命じ、瞬く間に国内生産が開始。堺・国友・根来などで量産体制が確立し、戦国時代の戦術を根本的に変
日本・鹿児島(種子島)
1755年11月1日
リスボン地震
1755年11月1日(万聖節の朝)、推定マグニチュード8.5-9.0の大地震がリスボンを襲った。地震動は約6分間続き、市内の建造物の85%が倒壊。万聖節のため教会に集まっていた信者が多数犠牲となった。
ポルトガル・リスボン