「フランス」に関する歴史的出来事
11件の出来事
1358年5月〜6月
ジャックリーの乱
黒死病と百年戦争の二重苦に喘ぐフランス北部の農民が、ギヨーム・カールに率いられて蜂起した。貴族の城館が襲撃・焼き討ちされ、領主一家が殺害される暴力的反乱が約2週間続いた。パリの反乱指導者エティエンヌ・
フランス・イル・ド・フランス
1572年8月24日
サン・バルテルミの虐殺
ユグノー戦争の最中、カトリック勢力がパリに集まっていたプロテスタント(ユグノー)の指導者と市民を大量虐殺した。サン・バルテルミの祝日の早朝に始まった暴力は数日間続き、パリだけで約3000人、フランス全
フランス・パリ
1598年4月13日
ナントの勅令
フランス王アンリ4世(元ユグノーの指導者ナバラ王アンリ)が発布した宗教的寛容の勅令。ユグノーにカトリックとほぼ同等の市民的権利と信仰の自由を保障し、約200の安全保障都市の保持を認めた。「パリはミサに
フランス・ナント
1661年〜1715年
ルイ14世のヴェルサイユ宮殿建設
「太陽王」ルイ14世がフランス絶対王政の象徴として建設した世界最大級の宮殿。主設計はル・ヴォーとマンサール、庭園設計はル・ノートル。鏡の間(ガラリー・デ・グラス)は長さ73m、357枚の鏡を配した壮麗
フランス・ヴェルサイユ
1830〜1847年
フランスのアルジェリア征服
シャルル10世のフランス軍がアルジェに上陸し、デイ(太守)政権を打倒。内陸部ではアブデルカーディルが激烈な抵抗を組織し、約17年にわたる征服戦争が展開された。フランスは「焦土作戦」を実施し、数十万人の
アルジェリア・アルジェ
1858年〜1893年
フランスのインドシナ連邦形成
フランスは1858年のダナン攻撃を皮切りに、コーチシナ(南ベトナム、1862年)、カンボジア(保護国化1863年)、トンキン(北ベトナム)とアンナン(中部ベトナム、1883-84年)、ラオス(1893
ベトナム・カンボジア・ラオス
1886年
自由の女神像の除幕式
フランスからアメリカへの友好の証として贈られた巨大な銅像。フレデリック・オーギュスト・バルトルディが設計し、ギュスターヴ・エッフェルが内部構造を担当。高さ46m(台座を含めると93m)。右手にたいまつ
北アメリカ・ニューヨーク
1912年
モロッコ保護国化(フェズ条約)
第一次モロッコ事件(1905年)と第二次モロッコ事件(1911年)を経て、1912年3月のフェズ条約でモロッコがフランスの保護国となった。スペインは北部のリーフ地方と南部のイフニ地区を管轄。フランスは
モロッコ・フェズ
1954年
ディエンビエンフーの戦い
ベトミン軍が55日間の包囲戦でフランス軍要塞を陥落させた。ザップ将軍の指揮下、5万のベトミン軍が1万6千のフランス軍を包囲。トンネル掘削と塹壕戦でフランスの航空優勢を無力化した。フランス軍約1万人が降
ベトナム北西部・ディエンビエンフー
1954〜1962年
アルジェリア独立戦争
アルジェリア民族解放戦線(FLN)がフランスからの独立を目指して武装蜂起。8年間の血みどろの戦争で、アルジェリア側の死者は約150万人とされる。フランス軍は拷問を含む残虐な鎮圧を行い、「アルジェの戦い
アルジェリア・アルジェ
1966年〜1996年
フランスのムルロア環礁核実験
フランスが1966年から1996年までの30年間に、ムルロア環礁とファンガタウファ環礁で合計210回の核実験(大気圏内46回、地下164回)を実施した。1995年のシラク大統領による核実験再開は国際的
フランス領ポリネシア・ムルロア環礁