「カトリック」に関する歴史的出来事
6件の出来事
496年頃
クロヴィスのキリスト教改宗
フランク王クロヴィス1世がランスの司教レミギウスにより洗礼を受け、カトリックに改宗した。アリウス派を信奉していた他のゲルマン諸族と異なり、正統派カトリックを選択したことで、ガロ・ローマ系住民とカトリッ
フランス・ランス
1521年〜現在
フィリピンにおけるカトリックの伝来と定着
1565年のレガスピによるセブ征服以降、スペインのアウグスティノ会・フランシスコ会・ドミニコ会・イエズス会の修道士が組織的に布教を展開。教会が行政・教育・文化の中心となり、フィリピンは東南アジア唯一の
フィリピン・セブ島
1545年〜1563年
トリエント公会議
カトリック教会の自己改革と対プロテスタント教義の明確化を目的とした公会議。3期18年にわたり、教義面では信仰と行いの両方の必要性、7つの秘跡、聖書と聖伝の同等の権威を確認。改革面では司教の居住義務、神
イタリア・トレント
1565年〜1898年
スペインのフィリピン植民地化
ミゲル・ロペス・デ・レガスピがセブ島に上陸し、1571年にマニラを首都として植民地を建設。333年にわたるスペイン支配の下、カトリック教の布教、マニラ・ガレオン貿易(マニラ〜アカプルコ間の太平洋横断交
フィリピン・マニラ
1620年11月8日
白山の戦い
カトリック同盟軍(ティリー伯指揮)がプロテスタントのボヘミア反乱軍を約2時間で壊滅させた。ボヘミア王に選出されていたプファルツ選帝侯フリードリヒ5世は「冬の王」と嘲られて逃亡。フェルディナント2世はボ
ボヘミア・プラハ近郊
1784年〜1801年
天主教の伝来と辛酉迫害
1784年、李承薫が北京で洗礼を受けて帰国し、朝鮮初のカトリック信者となった。「西学」として知識人層に広まったが、祖先祭祀の拒否が儒教秩序への挑戦と見なされた。辛酉迫害(1801年)では中国人神父・周
朝鮮・漢陽