「カイロ」に関する歴史的出来事
4件の出来事
969年
ファーティマ朝のカイロ建設
イスマーイール派シーア派のファーティマ朝がチュニジアからエジプトを征服し、将軍ジャウハルが新都カイロ(アル・カーヒラ=「勝利者」)を建設した。宮殿都市として設計され、アル・アズハル・モスク(後の大学)
エジプト・カイロ
970年
アル・アズハル大学の創設
ファーティマ朝の将軍ジャウハルがカイロ建設と同時に創設したモスク兼学院。当初はイスマーイール派の教義普及のための機関であったが、アイユーブ朝以降はスンニ派の最高学府に転換。イスラム法学、神学、アラビア
エジプト・カイロ
1250〜1517年
マムルーク朝の成立
トルコ系・チェルケス系の軍人奴隷(マムルーク)がアイユーブ朝の将軍として実権を握り、最後のアイユーブ朝スルタンを排除して独自の王朝を建国。1260年のアイン・ジャールートの戦いでモンゴル軍を撃退し、十
エジプト・カイロ
1260年〜1517年
マムルーク朝のアイン・ジャールートの戦い後のシリア・エジプト支配
マムルーク朝はアイン・ジャールートの勝利後、エジプトとシリアを統一支配した。奴隷出身の軍人(マムルーク)が支配階級を構成する独特の体制で、スルタン位は実力主義で継承された。1291年にアッコを陥落させ
エジプト・カイロ