メソポタミアの歴史

22件の歴史的出来事

紀元前5400年頃〜前2050年頃
エリドゥの世界最古の都市と神殿
シュメール王名表において「王権が天から降りた最初の都市」とされるエリドゥは、世界最古の都市の候補の一つである。紀元前5400年頃の最初期の神殿遺構から、ウバイド期を通じて18層にわたる神殿の連続的建設
メソポタミア・エリドゥ
紀元前3500年頃
ウルクの都市化と世界最古の文字
ウルクは紀元前4千年紀後半に人口4万人を超える世界最大の都市に成長した。エアンナ神殿区とアヌ神殿区を中心に、行政・宗教・経済機能が集約された。紀元前3300年頃には粘土板上の絵文字が登場し、やがて楔形
メソポタミア・ウルク
紀元前3000年頃〜前500年頃
メソポタミアの60進法と天文学
シュメール人が確立した60進法は時間(60秒×60分)と角度(360度)に現代まで残る。バビロニアの天文学者は月食の周期(サロス周期18年11日)を発見し、惑星の運行を正確に予測した。数学ではピタゴラ
メソポタミア
紀元前2600年頃〜前2450年頃
ウル第一王朝と王墓群
レオナード・ウーリーが1922-34年に発掘した王墓群は、初期王朝時代のシュメール文明の華やかさを世界に示した。プアビ女王の墓からは金銀のヘッドドレス、ラピスラズリの装飾品、「ウルのスタンダード」が出
メソポタミア・ウル
紀元前2500年頃〜前2350年頃
ラガシュとウンマの国境紛争
ラガシュとウンマの国境紛争は約150年間にわたって継続し、記録に残る最古の国際紛争の一つである。エアンナトゥムの「鷲碑」にはラガシュの勝利が詳細に描かれ、密集隊形で進む兵士と倒れた敵兵の上を飛ぶ鷲が彫
メソポタミア・ラガシュ
紀元前2334年頃〜前2279年頃
サルゴン大王によるアッカド帝国建設
サルゴンは卑しい出自から身を起こし、キシュ王の杯持ちから権力を掌握した。シュメール都市国家群を統一し、エラムからシリア・アナトリアに至る広大な領域を支配する世界最初の帝国を建設。常備軍5,400人を率
メソポタミア・アッカド
紀元前2112年〜前2004年
ウル第三王朝の成立とウル・ナンム法典
ウル・ナンムは紀元前2112年頃にウル第三王朝を建て、シュメール・ルネサンスと呼ばれる文化復興を実現した。彼が制定したウル・ナンム法典は現存する世界最古の法典であり、罰金刑を中心とする比較的穏健な刑罰
メソポタミア・ウル
紀元前2100年頃〜前1200年頃
ギルガメシュ叙事詩の成立
世界最古の文学作品とされるギルガメシュ叙事詩は、ウルク王ギルガメシュの冒険と永遠の命の探求を描く。シュメール語の個別物語群がウル第三王朝期に編纂され始め、古バビロニア期にアッカド語版が成立。標準バビロ
メソポタミア・ウルク
紀元前1792年〜前1750年頃
ハンムラビ法典の制定
古バビロニア王国第6代王ハンムラビは、約40年の治世でメソポタミアを統一し、282条からなる法典を制定した。「目には目を、歯には歯を」の同害報復法(タリオ)で知られるが、身分による刑罰の差異も含む。閃
メソポタミア・バビロン
紀元前668年〜前627年
アッシリア帝国の最大版図とニネヴェの大図書館
アッシュルバニパル王の治世はアッシリア帝国の絶頂期であり、エジプトのテーベまで支配が及んだ。ニネヴェに建設された大図書館には3万枚以上の粘土板が収蔵され、ギルガメシュ叙事詩の標準版を含むメソポタミア文
メソポタミア・ニネヴェ
紀元前612年
ニネヴェの陥落とアッシリア帝国の滅亡
新バビロニアのナボポラッサルとメディアのキュアクサレス2世の連合軍がニネヴェを包囲・攻略し、300年にわたるアッシリア帝国が滅亡した。ティグリス川の洪水が城壁を破壊し、市は徹底的に略奪・破壊された。残
メソポタミア・ニネヴェ
紀元前605年〜前562年
ネブカドネザル2世と新バビロニアの黄金期
ネブカドネザル2世は新バビロニア帝国を古代オリエント最強の国家に発展させた。カルケミシュの戦い(前605年)でエジプト軍を破りシリア・パレスチナを制圧。バビロンを大規模に改築し、イシュタル門、行列通り
メソポタミア・バビロン
紀元前53年
カルラエの戦い
三頭政治の一角クラッススが率いるローマ軍約4万が、スレナス将軍率いるパルティア軍約1万の騎馬弓兵に壊滅的敗北を喫した。パルティア弓兵は「パルティアン・ショット」(後退しながらの射撃)でローマ軍を消耗さ
メソポタミア・カルラエ
260年
シャープール1世によるローマ皇帝ウァレリアヌスの捕虜
ササン朝のシャープール1世はエデッサの戦いでローマ皇帝ウァレリアヌスを捕虜にするという前代未聞の勝利を収めた。約7万人のローマ兵が捕虜となり、ペルシャ国内のインフラ建設に使役された。ナクシェ・ロスタム
メソポタミア・エデッサ
636年
カーディスィーヤの戦いとササン朝の崩壊
サアド・イブン・アビー・ワッカース率いるアラブ・ムスリム軍がササン朝ペルシャのロスタム将軍率いる大軍を撃破した。3-4日間の激戦の末、ロスタムが戦死してペルシャ軍は壊走。この勝利によりメソポタミア全域
メソポタミア・カーディスィーヤ
680年
カルバラーの悲劇とシーア派の形成
預言者ムハンマドの孫フサイン・イブン・アリーが、ウマイヤ朝カリフ・ヤズィード1世に対する反抗の途上、カルバラーで包囲された。わずか72人の一行がウマイヤ朝軍約4,000人に対して戦い、フサインを含む大
メソポタミア・カルバラー
750年〜1258年
アッバース朝の成立とバグダッドの建設
アッバース家はウマイヤ朝を打倒し、カリフ・マンスールが762年にバグダッドを建設した。「円形の都市」と呼ばれる計画都市は中央にカリフの宮殿と大モスクを配置し、二重の城壁で囲まれた。人口100万人を超え
メソポタミア・バグダッド
786年〜809年
ハールーン・アッ=ラシードの治世
アッバース朝第5代カリフ・ハールーン・アッ=ラシードの治世はイスラム文明の黄金期を象徴する。千夜一夜物語の舞台としても知られる。カール大帝との外交使節の交換、バルマク家の宰相による行政整備、学問・芸術
メソポタミア・バグダッド
820年頃
アル・フワーリズミーと代数学の誕生
ムハンマド・イブン・ムーサー・アル・フワーリズミーは著書『アル・ジャブル・ワル・ムカーバラ(還元と対比の書)』で代数学を体系化した。一次・二次方程式の解法を幾何学的に証明し、インドの数字体系(0を含む
メソポタミア・バグダッド
830年頃
知恵の館(バイト・アル・ヒクマ)と翻訳運動
カリフ・マアムーンが設立した知恵の館は、ギリシャ語・ペルシャ語・サンスクリット語・シリア語の学術書をアラビア語に翻訳する一大プロジェクトの拠点であった。アリストテレス、プラトン、ガレノス、プトレマイオ
メソポタミア・バグダッド
1055年
セルジューク朝のバグダッド入城
トゥグリル・ベグ率いるセルジューク朝がバグダッドに入城し、アッバース朝カリフからスルタンの称号を受けた。シーア派ブワイフ朝を追放してスンナ派の正統性を回復した。セルジューク朝はアナトリアにも進出し、マ
メソポタミア・バグダッド
1258年
モンゴルのバグダッド征服とアッバース朝滅亡
チンギス・ハンの孫フレグが率いるモンゴル軍が約40日間の包囲の末にバグダッドを陥落させた。最後のアッバース朝カリフ・ムスタアスィムは処刑され、500年続いたカリフ制は断絶。市は40日間にわたり略奪・虐
メソポタミア・バグダッド

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