カンボジアの歴史
7件の歴史的出来事
1世紀〜6世紀
扶南王国の繁栄
東南アジア最古のインド化した国家。メコンデルタを拠点に海上交易で繁栄。インドの航海者カウンディニャが蛇の王女ソーマと結婚して建国したとする建国伝説を持つ。オケオ遺跡からはローマの金貨、インドの仏像、中
カンボジア・メコンデルタ
802年
クメール帝国の建国(ジャヤヴァルマン2世)
ジャヤヴァルマン2世がジャワの支配から独立し、プノン・クレンで「転輪聖王」(チャクラヴァルティン)として即位。「カンブジャデーシャ」(カンボジアの地)の統一王国を宣言した。デーヴァラージャ(神王)信仰
カンボジア・プノン・クレン
9世紀末〜現在
プレア・ヴィヒア寺院とタイ・カンボジア領土紛争
クメール帝国時代に建設されたヒンドゥー教寺院。ダンレック山脈の最高所に位置し、シヴァ神に奉納された。1962年に国際司法裁判所(ICJ)がカンボジアの主権を認めたが、周辺地域の帰属は未解決。2008年
カンボジア・タイ国境(ダンレック山脈)
1113年〜1150年頃
アンコール・ワットの建設
スーリヤヴァルマン2世が建設したヒンドゥー教寺院。ヴィシュヌ神に奉献された世界最大の宗教建築物で、外濠の幅は190m、寺院全体は東西約1.5km×南北約1.3km。回廊の壁面には「乳海攪拌」「マハーバ
カンボジア・アンコール
12世紀末〜13世紀初頭
アンコール・トムとバイヨン寺院の建設
ジャヤヴァルマン7世が建設したクメール帝国最後の首都。仏教(大乗仏教)に帰依した王は、バイヨン寺院の216の巨大な四面仏像で知られる壮大な都城を建設。タ・プローム(母に捧げた寺院)、プリア・カーン(父
カンボジア・アンコール
1431年
アンコール帝国の衰退と放棄
アユタヤ朝の攻撃を受けてクメール王室がアンコールを放棄し、プノンペンに遷都。約600年にわたるアンコール文明が終焉を迎えた。しかし寺院群は完全に放棄されたわけではなく、一部の僧侶や住民が残り続けた。1
カンボジア・アンコール
1860年
アンコール・ワットの「再発見」
フランスの博物学者アンリ・ムオが西洋世界にアンコール遺跡群を紹介。実際には遺跡は地元民や僧侶に知られ続けており、完全な「発見」ではなかったが、ムオの著作『シャム・カンボジア・ラオス紀行』がヨーロッパで
カンボジア・アンコール