東ローマ帝国の歴史

6件の歴史的出来事

529年〜534年
ユスティニアヌスのローマ法大全
ユスティニアヌス1世の命により法学者トリボニアヌスが中心となって編纂した包括的法典集。『勅法彙纂(コデクス)』『学説彙纂(ディゲスタ)』『法学提要(インスティトゥティオネス)』『新勅法(ノヴェッラエ)
ビザンツ帝国・コンスタンティノープル
537年12月27日
ハギア・ソフィア大聖堂の完成
ユスティニアヌス1世が建設した巨大聖堂。建築家イシドロスとアンテミオスが設計し、約1万人の労働者が5年10ヶ月で完成させた。直径31mの巨大ドームをペンデンティヴ(三角穹隅)で支える革新的構造。献堂式
ビザンツ帝国・コンスタンティノープル
541-542年
ユスティニアヌスのペスト
541年にエジプトのペルシウムから始まったペストは、穀物輸送船を通じてコンスタンティノープルに到達し、542年に最盛期を迎えた。ピーク時には一日あたり5,000〜10,000人が死亡したとされ、皇帝ユ
東ローマ帝国・コンスタンティノープル
717年〜718年
ビザンツ帝国のコンスタンティノープル防衛
ウマイヤ朝カリフのスレイマンが陸海から約12万の大軍でコンスタンティノープルを包囲。ビザンツ皇帝レオン3世は「ギリシャの火」(水上でも燃え続ける焼夷兵器)でアラブ艦隊を壊滅させ、ブルガール人の援軍もあ
ビザンツ帝国・コンスタンティノープル
726年〜843年
イコン崇拝論争
レオン3世がイコン(聖画像)崇拝を偶像崇拝として禁止し、帝国全土で聖像の破壊を命じた。以後約120年にわたり、イコン破壊派(イコノクラスト)とイコン擁護派が激しく対立。787年のニカイア第2公会議でイ
ビザンツ帝国・コンスタンティノープル
1204年4月13日
第4回十字軍のコンスタンティノープル征服
エジプトのアイユーブ朝を攻撃目標としていた第4回十字軍が、ヴェネツィアの債務と東ローマの皇位継承争いに巻き込まれ、キリスト教国の首都コンスタンティノープルを攻撃・占領した。3日間の略奪でビザンツの90
ビザンツ帝国・コンスタンティノープル

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