ギリシャの歴史
13件の歴史的出来事
紀元前1900年頃
クノッソス宮殿の建設
ミノア文明の中心地として建設された大規模宮殿複合施設。1300以上の部屋を持ち、精巧な排水設備、光井戸、多層階構造を備えていた。アーサー・エヴァンズが1900年に発掘し、線文字Aの粘土板が多数発見され
ギリシャ・クレタ島
紀元前1628年頃
テラ島(サントリーニ)の大噴火
人類史上最大級の火山噴火の一つ。アクロティリの町が火山灰に埋没し、「エーゲ海のポンペイ」と呼ばれる遺跡が残された。噴火による津波はクレタ島北岸を襲い、ミノア文明の港湾都市に壊滅的被害を与えたとされる。
ギリシャ・エーゲ海
紀元前1400年〜紀元前1200年頃
ミケーネ文明の最盛期
ミノア文明の衰退後にエーゲ海世界の覇権を握ったミケーネ文明の中心都市。シュリーマンが1876年に発掘し、「アガメムノンの黄金の仮面」を発見。線文字Bの使用、精巧な金細工、トロス墓(アトレウスの宝庫)な
ギリシャ・ペロポネソス半島
紀元前700年頃
スパルタの軍事国家体制確立
伝説的立法者リュクルゴスの制度として伝えられるスパルタ独自の社会体制の確立。7歳からのアゴーゲー(軍事教育制度)、共同食事制度(シュッシティア)、土地の均等分配、二王制と長老会(ゲルーシア)・民会(ア
ギリシャ・ラコニア
紀元前594年
ソロンの改革
アテネのアルコン(執政官)に選出されたソロンが断行した一連の政治・経済改革。債務帳消し(セイサクテイア)、債務奴隷制の禁止、財産に基づく四等級制の導入、民会と民衆裁判所の整備を行った。土地所有の集中を
ギリシャ・アテネ
紀元前490年
マラトンの戦い
第一次ペルシャ戦争の決戦。アテネの将軍ミルティアデスが約1万のアテネ・プラタイア連合軍を率い、ダティスとアルタフェルネス指揮下の約2万5千のペルシャ遠征軍を撃破。両翼を強化する陣形で敵を包囲し、ペルシ
ギリシャ・アッティカ
紀元前480年
テルモピュライの戦い
第二次ペルシャ戦争において、スパルタ王レオニダス1世が率いる約7000のギリシャ連合軍(うちスパルタ精鋭300名)が、クセルクセス1世の大軍(推定10万〜30万)を3日間にわたり隘路で食い止めた。裏切
ギリシャ・中部
紀元前480年
サラミスの海戦
テミストクレスの策略によりペルシャ艦隊を狭い海峡に誘い込み、約370隻のギリシャ連合艦隊が約800隻のペルシャ艦隊を撃破した歴史的海戦。ギリシャ側は三段櫂船の衝角攻撃と機動力を活かし、ペルシャ艦隊に壊
ギリシャ・サロニコス湾
紀元前447年〜紀元前432年
パルテノン神殿の建設
ペリクレスの指導下、建築家イクティノスとカリクラテスが設計し、フェイディアスが彫刻装飾を監督した。ドーリア式神殿の最高傑作で、女神アテナの巨大な黄金象牙像を安置した。8本×17本の柱配置、微妙な曲線(
ギリシャ・アテネ
紀元前399年
ソクラテスの裁判と処刑
アテネの哲学者ソクラテスが「国家の神々を認めず、青年を堕落させた」罪で告発され、501人の陪審員による投票で有罪・死刑が確定。獄中でドクニンジンの毒杯を仰いで死去した。プラトンの対話篇『ソクラテスの弁
ギリシャ・アテネ
紀元前31年
アクティウムの海戦
オクタウィアヌス(後のアウグストゥス)の艦隊が、マルクス・アントニウスとクレオパトラの連合艦隊をアクティウム沖で撃破。クレオパトラが旗艦とともに戦場を離脱し、アントニウスもこれを追った。この敗北により
ギリシャ・アクティウム
1821-1829年
ギリシャ独立戦争の勃発
オスマン帝国支配下のギリシャ人が独立を求めて蜂起。フィリキ・エテリア(友愛会)が組織的に準備し、1821年3月にペロポネソス半島で一斉蜂起が始まった。ナヴァリノの海戦(1827年)で英仏露連合艦隊がオ
ギリシャ・ペロポネソス半島
2009-2015年
ユーロ危機(ギリシャ債務危機)
2009年にギリシャの財政赤字が公表数値の倍以上であることが判明し、国債利回りが急騰。ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペインが相次いで救済を必要とした(PIIGS危機)。トロイカ(EU、ECB、
ギリシャ・南欧諸国