中央アジア全域の歴史
4件の歴史的出来事
1219年〜1221年
チンギス・カンのホラズム征服
ホラズム・シャーが モンゴル商人を殺害したことへの報復として、チンギス・カンが約15万〜20万の軍を率いて遠征。サマルカンド、ブハラ、メルヴなど中央アジアの主要都市を次々と破壊。メルヴでは推定数十万人
中央アジア全域
1830年代〜1907年
グレートゲーム(英露の中央アジア争奪戦)
イギリスとロシアが中央アジアの覇権をめぐり約80年間にわたり展開した地政学的競争。ロシアはカザフスタン・中央アジアを南下して征服し、イギリスはインドの北方防衛のためアフガニスタンに介入。1907年の英
中央アジア全域
1865年〜1884年
ロシアのコーカンド征服と中央アジア支配
ロシア帝国が1865年にタシケントを征服し、以後コーカンド・ハン国併合(1876年)、ブハラ・ヒヴァの保護国化を経て中央アジア全域を支配下に置いた。トルキスタン総督府が設置され、綿花モノカルチャー経済
中央アジア全域
1991年
中央アジア五カ国の独立
1991年12月のソ連崩壊に伴い、中央アジアの五つのソ連構成共和国が独立を宣言。各国とも独立を積極的に求めたわけではなく、ソ連崩壊の結果として独立を余儀なくされた。ナザルバエフ(カザフスタン)、カリモ
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