メソアメリカの歴史
20件の歴史的出来事
紀元前1500〜400年頃
オルメカ文明の興隆
メソアメリカ最古の高度文明で「母なる文明」と称される。サン・ロレンソ(紀元前1500-900年頃)とラ・ベンタ(紀元前900-400年頃)を主要中心地として繁栄した。高さ3m、重さ数十トンに達する巨石
メソアメリカ・メキシコ湾岸
紀元前600〜100年頃
エル・ミラドールの繁栄
先古典期マヤ最大の都市で、ラ・ダンタのピラミッド(高さ72m、体積280万m³)はメソアメリカ最大の建造物。ティグレのピラミッド(高さ55m)とともに「三尖塔型」の独特な建築様式を持つ。都市面積は約1
メソアメリカ・グアテマラ
紀元前500年〜紀元後800年頃
モンテ・アルバンの建設(サポテカ文明)
サポテカ文明の首都で、山頂を人工的に平坦化して建設された壮大な儀礼センター。最盛期の人口は約2万5千人。大広場を囲む神殿群、球技場、天文台が残る。「踊る人々(ダンサンテス)」と呼ばれる浮彫りは殺害され
メソアメリカ・メキシコ・オアハカ
紀元前200年〜紀元後900年頃
マヤの暦法と天文学の発達
マヤ文明は独自の複数の暦法を発達させた。ツォルキン(260日暦、儀礼暦)、ハアブ(365日暦、太陽暦)、そしてこの二つが組み合わさるカレンダー・ラウンド(52年周期)に加え、紀元前3114年8月11日
メソアメリカ・マヤ地域
紀元前100年〜紀元後550年頃
テオティワカンの建設と繁栄
最盛期に人口10万〜20万人を擁した古代アメリカ最大の都市。南北5kmの「死者の大通り」を軸に計画的に建設され、太陽のピラミッド(高さ65m、底辺225m)と月のピラミッドが中心を成す。多民族都市で、
メソアメリカ・メキシコ中央高原
200〜869年頃
ティカルの古典期マヤ繁栄
古典期マヤ最大の都市国家の一つ。最盛期の人口は推定6万〜10万人。神殿ピラミッド群は最高70m(第4号神殿)に達し、ジャングルの樹冠を超えてそびえる。「シヤフ・カアン」(偉大なるジャガーの爪)王朝をは
メソアメリカ・グアテマラ
426〜822年
コパン王朝の繁栄
マヤ南東部の主要都市国家で、碑文階段(63段、2200以上のマヤ文字ブロック)はマヤ文字の最長碑文。初代王ヤシュ・クック・モが426年にテオティワカンの権威を借りて王朝を樹立し、16代にわたる王朝が続
メソアメリカ・ホンジュラス
600〜1221年頃
チチェン・イツァの繁栄
ユカタン半島最大のマヤ都市で、後古典期マヤの政治・宗教の中心地。ククルカン(羽毛の蛇)のピラミッド(エル・カスティーヨ)は春分・秋分に蛇の影が階段を這い降りる光の現象で有名。戦士の神殿、球技場(メソア
メソアメリカ・ユカタン半島
615〜683年
パレンケの黄金時代
キニチ・ハナブ・パカル(パカル大王、在位615-683年)の治世にパレンケは最盛期を迎えた。碑銘の神殿の地下から発見されたパカルの石棺と翡翠の仮面は20世紀最大のマヤ考古学的発見の一つ。宮殿群、十字架
メソアメリカ・メキシコ・チアパス
800〜900年頃
古典期マヤの崩壊
9世紀にマヤ低地の主要都市が相次いで衰退・放棄された現象。ティカル、パレンケ、コパン、カラクムルなどの大都市で碑文の建立が途絶え、建設活動が停止した。人口が劇的に減少し、政治的秩序が崩壊した。ただしマ
メソアメリカ・マヤ低地
900〜1168年頃
トルテカ帝国の繁栄
テオティワカン崩壊後にメキシコ中央高原の覇権を握った帝国。首都トゥーラには「アトランテス」と呼ばれる高さ4.6mの戦士像柱が立つピラミッドBが象徴的。ケツァルコアトル(羽毛の蛇)信仰の中心地で、伝説的
メソアメリカ・メキシコ中央高原
1325年
アステカ帝国テノチティトラン建設
メシカ(アステカ)人が鷲がサボテンの上で蛇を咥えている姿を見た場所(現在のメキシコ国旗の紋章)に建設した首都。最盛期の人口は推定20万〜30万人で、同時代のヨーロッパのどの都市よりも大きかった。テンプ
メソアメリカ・メキシコ盆地
1428年
アステカ三国同盟の形成
テノチティトランのイツコアトル王がテスココのネサワルコヨトル、トラコパンの勢力と同盟し、当時メキシコ盆地を支配していたアスカポツァルコのテパネカ族を打倒。この三国同盟(エシュカン・トラトロヤン)がアス
メソアメリカ・メキシコ盆地
1519〜1521年
コルテスのアステカ帝国征服
エルナン・コルテスが約600人のスペイン兵と先住民同盟軍を率いてアステカ帝国を征服。1519年にベラクルスに上陸し、トラスカラ人などの同盟者を獲得。テノチティトランに入城してモクテスマ2世を軟禁したが
メソアメリカ・メキシコ
1535年
ヌエバ・エスパーニャ副王領の成立
スペイン王室がアステカ征服後のメキシコを統治するために設立した副王領で、初代副王アントニオ・デ・メンドーサが就任。コンキスタドールの独立傾向を抑制し、王室による直接統治を確立した。アウディエンシア(高
メソアメリカ・メキシコ
1542年
バルトロメ・デ・ラス・カサスの先住民擁護
ドミニコ会修道士バルトロメ・デ・ラス・カサスが著作『インディアスの破壊についての簡潔な報告』(1552年出版)でスペインの先住民に対する残虐行為を告発。1542年の新法(レイェス・ヌエバス)の制定に影
メソアメリカ・メキシコ
17世紀後半〜18世紀前半
メキシコのバロック文化の開花
ヨーロッパのバロック様式がメキシコで先住民の装飾感覚と融合し、「ウルトラバロック」とも称される独自の豪華絢爛な様式を生み出した。テポソトランのイエズス会教会、プエブラのサント・ドミンゴ教会ロサリオ礼拝
メソアメリカ・メキシコ
1821年
メキシコ独立
1810年9月16日のミゲル・イダルゴ神父の「ドロレスの叫び」(グリート)に始まる独立運動。イダルゴは先住民とメスティソの軍勢を率いたが1811年に捕えられ処刑。ホセ・マリア・モレロスが引き継いだが同
メソアメリカ・メキシコ
1861〜1867年
フランスのメキシコ介入とマクシミリアン帝政
ナポレオン3世がメキシコの負債を口実にフランス軍を派遣し、ハプスブルク家のマクシミリアン大公をメキシコ皇帝に擁立した。1862年5月5日のプエブラの戦いでメキシコ軍がフランス軍を撃退(シンコ・デ・マヨ
メソアメリカ・メキシコ
1938年
カルデナス大統領の石油国有化
1938年3月18日、ラサロ・カルデナス大統領がメキシコの外国石油会社を国有化し、国営石油会社ペメックス(PEMEX)を設立。1917年憲法第27条(地下資源は国家に帰属)を根拠とした。全国で熱狂的な
メソアメリカ・メキシコ