アナトリアの歴史
8件の歴史的出来事
紀元前1650年頃〜前1178年頃
ヒッタイト帝国の興隆と鉄器技術
ヒッタイト帝国はインド・ヨーロッパ語族の民族がアナトリアに建設した大国で、鉄器の実用化で軍事的優位を確保した。首都ハットゥシャには巨大な城壁、神殿群、楔形文字の粘土板文書庫が築かれた。エジプト、ミタン
アナトリア・ハットゥシャ
紀元前1250年頃
トロイア戦争
ギリシャ連合軍がトロイアを10年間包囲したとされる戦争。ホメロスの『イリアス』で伝承されるが、考古学的にはトロイア第VIIa層の破壊(紀元前1250年頃)がこれに対応する可能性がある。シュリーマンの発
アナトリア・トロアス地方
紀元前610年頃〜前546年
リディア王国と硬貨の発明
リディア王国はアリュアッテス王からクロイソス王の時代に、パクトロス川産のエレクトラムを用いて世界初の標準化された硬貨を鋳造した。クロイソス王は純金と純銀の硬貨を分離鋳造し、信頼性の高い貨幣制度を確立。
アナトリア・サルデス
45年頃〜67年頃
パウロの宣教旅行とキリスト教の地中海拡散
タルソス出身のユダヤ人パウロ(サウロ)はダマスカスへの途上で回心し、異邦人へのキリスト教宣教者となった。三度の宣教旅行でアナトリア、ギリシャ、ローマに教会を設立。割礼なしに異邦人がキリスト教徒になれる
アナトリア・タルソス
325年
ニケーア公会議とキリスト教教義の確定
コンスタンティヌス1世が召集した最初の全地公会議で、約300人の主教が参加。アリウス派(キリストは被造物)対アタナシウス派(キリストは神と同質)の論争を裁定し、ニケーア信条を採択してキリストの神性を確
アナトリア・ニケーア
325年
ニカイア公会議
コンスタンティヌス帝が召集した最初のキリスト教全地公会議。約300名の主教が参加し、アリウス派の教義(キリストは神に創造された被造物とする説)を異端として排斥。ニカイア信条を採択し、キリストが「父と同
アナトリア・ビテュニア
1402年
ティムールのアンカラの戦いとオスマン帝国の危機
ティムール帝国のティムール(タメルラン)がオスマン帝国のバヤズィト1世を撃破し捕虜にした。オスマン帝国はアナトリアの領土を一時喪失し、11年間の空位期(フェトレト)に陥った。バヤズィトはティムールの鉄
アナトリア・アンカラ
1453年
メフメト2世のコンスタンティノープル征服
オスマン帝国のスルタン・メフメト2世(ファーティフ=征服者)が53日間の包囲の末にコンスタンティノープルを征服し、1100年以上続いたビザンツ帝国を滅亡させた。ウルバンの巨大砲による城壁破壊と、陸路で
アナトリア・コンスタンティノープル