ベトナムの歴史
11件の歴史的出来事
11世紀頃〜現在
ベトナムの水上人形劇
水面を舞台に木彫りの人形を操る独自の人形劇。操者は竹のスクリーン(簾)の背後で腰まで水に浸かり、長い竹竿と水面下の糸で人形を操作する。農村の祭祀で演じられた素朴な芸能が李朝期(11世紀)に宮廷に取り入
ベトナム・紅河デルタ
1428年
黎朝の成立とベトナムの独立回復
レ・ロイ(黎利)がラムソンで蜂起し、10年間のゲリラ戦の末に明の支配からベトナムを解放。黎朝(後黎朝)を建国した。参謀のグエン・トライが『平呉大誥』(独立宣言)を起草し、ベトナムの文化的独自性と自立の
ベトナム・タンロン(ハノイ)
16世紀後半〜18世紀
ホイアンの日本橋と国際貿易港
16-17世紀に日本・中国・ポルトガル・オランダの商人が集まる東南アジア有数の国際貿易港として繁栄。日本人町には1,000人以上の日本人が居住し、日本橋(1593年建造とされる)は日本人コミュニティの
ベトナム・ホイアン
1789年
西山朝と阮文恵の北伐
西山(タイソン)朝の阮文恵(光中帝)が清の20万の干渉軍をテト(旧正月)の奇襲攻撃で壊滅させた。ドンダーの戦い(1789年1月30日)では清軍のドンダー要塞を夜襲で陥落。ベトナム軍事史上最も鮮やかな勝
ベトナム・タンロン(ハノイ)
1802年
阮朝の成立とベトナム統一
阮福映(嘉隆帝)がタイソン朝を滅ぼしてベトナムを統一し、フエを首都に阮朝を建国。フランス人宣教師ピニョー・ド・ベーヌの軍事支援を受けた。国号を「越南」(ベトナム)として清から冊封を受けた。フエの王宮は
ベトナム・フエ
1802年〜1945年
フエの阮朝王宮とベトナムの宮廷文化
阮朝の初代嘉隆帝(ザーロン帝)が北京の紫禁城を範に築いた大内(紫禁城)を中核とする宮殿群。太和殿が正殿で、儒教的な宇宙観に基づく厳密な空間配置。ベトナム戦争のテト攻勢(1968年)で大きな被害を受け、
ベトナム・フエ
1858年〜1893年
フランスのインドシナ連邦形成
フランスは1858年のダナン攻撃を皮切りに、コーチシナ(南ベトナム、1862年)、カンボジア(保護国化1863年)、トンキン(北ベトナム)とアンナン(中部ベトナム、1883-84年)、ラオス(1893
ベトナム・カンボジア・ラオス
20世紀初頭〜現在
ベトナムのフォーとフランス植民地文化の融合
ベトナムの国民的料理フォー(Phở)は、米粉の麺と牛骨または鶏のスープを基本とする麺料理。フランス植民地時代に牛肉食の習慣が導入され、在来の米麺文化と融合して20世紀初頭にハノイで誕生したとされる。現
ベトナム・ハノイ
1945年9月2日
ホーチミンの独立宣言
ホーチミンがハノイのバーディン広場で「すべての人間は生まれながらにして平等である」とアメリカ独立宣言を引用して開始するベトナム民主共和国の独立宣言を読み上げた。しかしフランスが再植民地化を企図し、第一
ベトナム・ハノイ
1975年4月30日
サイゴン陥落とベトナム統一
北ベトナム軍がサイゴンを占領し、ベトナム戦争が終結。南ベトナムのズオン・バン・ミン大統領が無条件降伏。アメリカ大使館からの最後のヘリコプター脱出は米国の敗北を象徴する映像として世界中に配信された。19
ベトナム・サイゴン
1986年
ドイモイ(刷新)政策の開始
ベトナム共産党第6回大会でドイモイ(刷新)政策を採択。社会主義体制を維持しつつ市場経済を導入する「社会主義志向の市場経済」路線を開始。外国直接投資の受入れ、農業の脱集団化、民間企業の容認により経済成長
ベトナム・ホーチミン市