概要

1857年5月にメーラトのインド人傭兵(セポイ)が蜂起し、北インド全域に拡大した大反乱。エンフィールド銃の弾薬包(牛脂・豚脂が使用とされた)問題が直接の引き金。デリーのムガル皇帝バハードゥル・シャー2世を擁立。ジャーンシーの女王ラクシュミー・バーイーの活躍が伝説化。

歴史的背景

東インド会社の失地回復政策(ドクトリン・オブ・ラプス)、社会改革への伝統的勢力の反発、セポイの待遇への不満、経済的搾取への憤懣が複合的に蓄積していた。

地形・地理的特徴

ガンジス川流域の北インド平原が反乱の中心地。メーラト、デリー、ラクナウ、カーンプル、ジャーンシーなどの主要都市で激しい戦闘が展開。広大な平野は反乱軍の機動を可能にしたが、イギリス軍の電信と鉄道が鎮圧を助けた。

歴史的重要性

イギリス東インド会社による統治の終焉とイギリス王室直轄統治(イギリス領インド帝国)の開始をもたらした。ムガル帝国の正式な滅亡(1858年)。インドの民族運動の起点として位置づけられ、「第一次独立戦争」とも呼ばれる。

参考文献

  • William Dalrymple, The Last Mughal, 2006
  • Saul David, The Indian Mutiny, 2002