概要
アロー号事件を口実にイギリス・フランスが第二次アヘン戦争を開始。1860年に英仏連合軍が北京を占領し、報復として円明園を略奪・焼却。北京条約で天津開港、九龍割譲、外国公使の北京駐在を受諾。
歴史的背景
南京条約後もイギリスは市場拡大の要求を強め、条約改定を迫った。清がこれを拒否したため武力で強制。フランスはカトリック宣教師殺害を口実に参戦。
地形・地理的特徴
英仏連合軍は天津の大沽砲台を攻略し、北京に進軍。圓明園は北京西北郊の広大な離宮庭園で、ヨーロッパ式建築も含む壮麗な宮殿群だった。
歴史的重要性
円明園の破壊は中国の「百年の屈辱」の象徴。不平等条約体制が深化し、清の半植民地化が進行。洋務運動の直接的契機となった。
参考文献
- 『清史稿』
- ヴィクトル・ユーゴーの抗議書簡