概要
ロシアのオスマン帝国への膨張をイギリス・フランス・サルデーニャが阻止した戦争。セヴァストポリの349日間の包囲戦が最大の戦闘であった。バラクラヴァの戦い(軽騎兵旅団の突撃)、インケルマンの戦いなどを経て、パリ条約(1856年)でロシアの黒海中立化が決まった。
歴史的背景
ロシアがオスマン帝国のキリスト教徒保護を口実に南下政策を推進し、聖地管理権をめぐるフランスとの対立が直接の引き金となった。イギリスはロシアの地中海進出を阻止するために参戦した。
地形・地理的特徴
クリミア半島南部の石灰岩台地とセヴァストポリ港の天然の要塞的地形が、11ヶ月にわたる包囲戦を規定した。黒海の制海権を巡る戦略的要衝で、ロシア黒海艦隊の母港であった。
歴史的重要性
ウィーン体制の最終的崩壊を示し、ロシアの国際的孤立とアレクサンドル2世の国内改革(農奴解放)の契機となった。フローレンス・ナイチンゲールの活動により近代看護学が確立し、電信による戦争報道や写真報道の先駆けとなった。
参考文献
- オーランドー・ファイジズ『クリミア戦争』