概要
道光帝に命じられた欽差大臣・林則徐が広州でイギリス商人からアヘン2万箱以上(約1400トン)を没収し、虎門で石灰を混ぜて海中に廃棄(虎門銷煙)。これがアヘン戦争の直接的原因となった。
歴史的背景
18世紀末からイギリスのアヘン輸出が急増し、中国の銀が大量に流出。清朝内で厳禁論と弛禁論が対立する中、林則徐が厳禁派として広州に派遣された。
地形・地理的特徴
広州は珠江デルタの港湾都市で、清の対外貿易を独占する「広州体制」の中心。虎門はその外港で、アヘンの密輸入の拠点だった。
歴史的重要性
中国の反帝国主義・民族主義の原点。林則徐は「近代中国の目を開いた最初の人」と評される。しかしアヘン戦争での敗北は彼の努力を無にした。
参考文献
- 林則徐奏摺
- 『清史稿』林則徐伝