概要
イギリスとロシアが中央アジアの覇権をめぐり約80年間にわたり展開した地政学的競争。ロシアはカザフスタン・中央アジアを南下して征服し、イギリスはインドの北方防衛のためアフガニスタンに介入。1907年の英露協商で勢力圏が画定され、グレートゲームは一応の終結を見た。
歴史的背景
ロシアはナポレオン戦争後の南方拡大策として中央アジアへの進出を加速。イギリスはロシアのインドへの脅威を恐れ、アフガニスタンを緩衝国として確保しようとした。両国のスパイや探検家が中央アジアの未知の地域を踏査した。
地形・地理的特徴
ヒンドゥークシュ山脈、パミール高原、カラコルム山脈が英露の勢力圏の境界となった。アフガニスタンが緩衝国として機能し、ワハーン回廊が英露領の間に設けられた。
歴史的重要性
近代地政学の原型であり、ハルフォード・マッキンダーのハートランド理論に影響を与えた。アフガニスタンの緩衝国としての地位はこの時代に確立され、現代に至る同国の地政学的運命を規定した。「グレートゲーム」の用語はキプリングの小説で有名になった。
参考文献
- Peter Hopkirk, The Great Game, 1990
- Karl Meyer & Shareen Brysac, Tournament of Shadows, 1999