概要
イギリスは三次にわたるビルマ戦争でコンバウン朝を段階的に征服。第1次戦争でアラカン・テナセリムを獲得、第2次戦争でペグー(下ビルマ)を併合、第3次戦争でマンダレーを陥落させてティーバウ王を追放。ビルマはイギリス領インドの一州として編入された。
歴史的背景
コンバウン朝のアッサム・マニプールへの膨張がインドのイギリス領と衝突。また下ビルマのチーク材と米の経済的価値がイギリスの征服動機となった。各次の戦争間で約25年の間隔があり、段階的な征服であった。
地形・地理的特徴
イラワジ川が南北に貫くミャンマーの地形が三段階の征服を規定した。第1次(1824-26年)で沿岸部、第2次(1852年)で南部デルタ地帯、第3次(1885年)でマンダレーの王宮を占領し全土を制圧。イラワジ川が侵攻と補給の動脈として利用された。
歴史的重要性
ビルマ王朝の終焉と植民地支配の開始。ティーバウ王のインドへの追放はビルマのナショナリズムの源泉となった。イギリス統治下でインド人・中国人の移民が急増し、ビルマの民族構成と経済構造が大きく変化した。
参考文献
- イギリス植民地記録
- ビルマ年代記