概要
オスマン帝国支配下のギリシャ人が独立を求めて蜂起。フィリキ・エテリア(友愛会)が組織的に準備し、1821年3月にペロポネソス半島で一斉蜂起が始まった。ナヴァリノの海戦(1827年)で英仏露連合艦隊がオスマン・エジプト艦隊を撃破し、1829年のアドリアノープル条約でギリシャの自治が承認された。
歴史的背景
啓蒙思想とフランス革命の影響でギリシャ人のナショナリズムが覚醒し、古代ギリシャの栄光への回帰が叫ばれた。ヨーロッパの知識人(バイロン卿ら)がフィルヘレニズム運動を展開し、国際的な同情を集めた。
地形・地理的特徴
ペロポネソス半島は山がちな地形で、狭い谷と入り組んだ海岸線がゲリラ戦に有利であった。エーゲ海の多数の島嶼はギリシャ海軍の拠点となり、オスマン帝国の海上補給線を脅かした。
歴史的重要性
ウィーン体制下で最初に成功したナショナリズム運動であり、他の民族独立運動に大きな影響を与えた。近代ギリシャ国家の誕生は、バルカン半島のオスマン帝国支配の崩壊の始まりを告げた。
参考文献
- デイヴィッド・ブリューワー『ギリシャ独立戦争』