概要
1819年12月のアンゴストゥーラ会議でボリバルが提唱し、ベネズエラ・ヌエバグラナダ・キト(エクアドル)を統合した大コロンビア共和国が成立した。1821年のクータ憲法で正式に発足し、ボリバルが大統領、サンタンデールが副大統領に就任。しかし中央集権派のボリバルと連邦主義派のサンタンデールの対立、地域間の利害衝突により、1830年にベネズエラとエクアドルが離脱し、1831年に崩壊した。
歴史的背景
ボリバルはラテンアメリカ諸国の統合による強力な国家の建設を理想としていた。スペインの再侵攻に対抗するためにも広域的な連帯が必要であった。しかし各地域は植民地時代から独自の経済圏・社会構造を持ち、ボゴタの中央政府への従属を嫌った。軍閥(カウディーリョ)の台頭も統一を妨げた。
地形・地理的特徴
アンデス山脈の東コルディエラに位置するサバナ・デ・ボゴタ(標高約2640m)を中心に、カリブ海沿岸のカルタヘナ、太平洋岸のグアヤキル、オリノコ川流域のリャノスまで広がる広大な領域。アンデス三山脈とアマゾン・オリノコの大河系が、地域間の交通を著しく困難にし、統一国家の維持を地理的に阻害した。
歴史的重要性
ラテンアメリカ統合の最初にして最大の試みであり、その失敗は以後の地域分裂を決定づけた。ボリバルの統合の夢は20世紀のパン・アメリカニズムやベネズエラのチャベスのボリバル革命に至るまで、繰り返し参照される理念となった。分裂後の各国の国家建設過程に深い影響を与えた。
参考文献
- David Bushnell, The Santander Regime in Gran Colombia
- John Lynch, Simón Bolívar: A Life