概要

紀元前771年、西方の異民族・犬戎が鎬京を攻撃し、幽王を殺害。伝説では幽王が褒姒のために烽火を濫用して諸侯の信頼を失ったとされる(烽火戯諸侯)。幽王の子・平王は東の洛邑に遷都し東周が始まった。しかし遷都後の周王室の権威は著しく低下し、春秋時代の群雄割拠が始まった。

歴史的背景

西周後期は王室の権威が低下し、諸侯の力が増大していた。犬戎の侵入は西方からの遊牧民の圧力を示し、中原の農耕文明と周辺遊牧民との緊張関係が顕在化した。

地形・地理的特徴

鎬京(西安付近)は渭水盆地の中央に位置する西周の首都。犬戎(西方の遊牧民)は西方の山岳地帯から渭水盆地に侵入した。東遷先の洛邑(洛陽)は伊水・洛水の合流域で、天下の中心とされた。

歴史的重要性

春秋戦国時代の開始を告げる画期。中央集権的な封建制から実力主義の群雄割拠への転換点であり、以後約550年間の分裂と抗争の時代が始まった。

参考文献

  • 『史記』周本紀
  • 『竹書紀年』