概要
ナポレオンがエルバ島から帰還して「百日天下」を開始した後の最終決戦。ウェリントン公爵率いる英蘭連合軍がナポレオンの攻撃に終日耐え、夕方にブリュッヒャー率いるプロイセン軍が到着してフランス軍の側面を突いた。ナポレオンの最精鋭・帝国衛兵隊の攻撃が撃退され、フランス軍は壊走した。
歴史的背景
エルバ島から脱出したナポレオンはパリに帰還し、百日天下を開始。第七次対仏大同盟が結成され、ナポレオンはベルギーで英蘭軍とプロイセン軍を各個撃破する戦略を採用。前日のリニーの戦いでプロイセン軍を破ったが追撃が不十分であった。
地形・地理的特徴
ブリュッセル南方約15kmのワーテルロー近郊の丘陵地帯。ウェリントンはモン・サン・ジャンの尾根の逆斜面に防御陣地を構築。前日の豪雨で地面がぬかるみ、ナポレオンの砲撃と騎兵突撃の開始が遅れたことが、プロイセン軍の到着する時間を与えた。
歴史的重要性
ナポレオン時代の最終的終結であり、セントヘレナ島への流刑が確定した。ウィーン体制による保守的国際秩序が確立し、約100年間のヨーロッパの相対的平和をもたらした。「ワーテルロー」は決定的敗北の代名詞として今日まで使われる。
参考文献
- アレッサンドロ・バルベーロ『ワーテルローの戦い』
- ティム・クレイトン『ワーテルロー 歴史上最も偉大な4日間』