概要
ナポレオンが約61万の大陸軍(グランダルメ)を率いてロシアに侵攻。ロシア軍はクトゥーゾフの指揮下で焦土作戦を展開し、ボロジノの戦い(9月7日)で大損害を出しながらも軍を温存した。ナポレオンはモスクワを占領したが市街は大火で焼失し、講和の見込みなく10月に撤退を開始。飢餓、寒さ、コサック騎兵の追撃で大陸軍は壊滅し、帰還したのは約10万に過ぎなかった。
歴史的背景
ナポレオンの大陸封鎖令(1806年)にロシアが従わなくなったことが遠征の直接的原因。アレクサンドル1世はイギリスとの貿易再開を選択し、ナポレオンはロシアの屈服を強いるために史上最大規模の遠征を企図した。
地形・地理的特徴
東ヨーロッパの広大な平原を舞台にした遠征。ロシアの国土の広大さと焦土作戦が大陸軍を消耗させた。冬将軍の到来(11月にマイナス30度以下)とベレジナ川の渡河が撤退を壊滅的にした。補給線は数千kmに及び、維持は不可能であった。
歴史的重要性
ナポレオン帝国崩壊の決定的転換点。ヨーロッパ中から集められた大軍の壊滅は、ナポレオンの不敗神話を打ち砕き、プロイセン、オーストリア、スウェーデンの反仏蜂起を招いた。チャイコフスキーの序曲『1812年』、トルストイの『戦争と平和』の主題。
参考文献
- アダム・ザモイスキ『モスクワ1812年』
- ドミニク・リーヴェン『ロシアとナポレオンの敗北』