概要
1810年5月25日、ブエノスアイレスのカビルド(市参事会)で副王シスネロスが解任され、クリオーリョ主体の統治評議会(プリメーラ・フンタ)が成立した。マリアーノ・モレーノ、マヌエル・ベルグラーノ、コルネリオ・サアベドラらが参加。形式上はフェルナンド7世への忠誠を掲げつつ、実質的な自治を獲得した。この「五月革命」はアルゼンチン独立の起点とされる。
歴史的背景
1806-07年のイギリスによるブエノスアイレス侵攻を市民が自力で撃退した経験が、クリオーリョの自信を高めていた。スペイン本国のナポレオン支配により正統な権威が崩壊し、植民地の自治要求が正当化される状況が生まれた。ブエノスアイレスの商人層は自由貿易を求め、スペインの重商主義的統制に反発していた。
地形・地理的特徴
ラプラタ川河口に位置するブエノスアイレスは、パンパの大平原の東端にあたる。広大な河口(幅約200km)は大西洋との交易路であり、植民地後期にはスペイン帝国のリオ・デ・ラ・プラタ副王領の首都として発展した。平坦な地形と穏やかな気候が牧畜と穀物生産に適し、経済的に急成長していた。
歴史的重要性
リオ・デ・ラ・プラタ地域の独立運動の出発点となり、1816年のトゥクマン議会での正式独立宣言へと繋がった。5月25日はアルゼンチンの祝日として現在も祝われる。ブエノスアイレスの革命政府はサン・マルティンのアンデス越え遠征を支援し、チリ・ペルーの解放にも貢献した。
参考文献
- Tulio Halperín Donghi, Politics, Economics and Society in Argentina
- Nicolas Shumway, The Invention of Argentina