概要
ナポレオン・ボナパルトがイギリスのインド航路を断つために3万8千の兵と167人の学者・芸術家を率いてエジプトに遠征。ピラミッドの戦いでマムルーク軍を撃破しカイロを占領したが、ネルソンのアブキール湾の海戦でフランス艦隊が壊滅し、陸上でも苦戦。ナポレオンは密かにフランスに帰国し、遠征軍は1801年に降伏した。
歴史的背景
フランス革命戦争の一環として、イギリスの通商路を脅かすためにエジプト征服が計画された。同時に、エジプトの学術調査も重要な目的とされ、「エジプト誌」の編纂につながった。
地形・地理的特徴
ナポレオン軍はアレクサンドリアに上陸し、砂漠を横断してカイロに進軍。ピラミッドの戦い(1798年7月)はギザのピラミッド前方の平野で行われた。ナイルデルタの平坦な地形はフランスの方陣戦術に有利であった。アブキール湾でのネルソンの海戦がフランス艦隊を壊滅させた。
歴史的重要性
軍事的には失敗に終わったが、文化的影響は絶大。ロゼッタ・ストーンの発見、全24巻の『エジプト誌』の出版はヨーロッパのエジプト学とオリエンタリズムの出発点となった。またエジプトの近代化への意識を覚醒させ、ムハンマド・アリーの改革の前提となった。
参考文献
- Cole, J., 'Napoleon's Egypt: Invading the Middle East'
- Strathern, P., 'Napoleon in Egypt'