概要

アーサー・フィリップ海軍大佐率いる11隻の「第一船団」(First Fleet)がシドニー湾に到着し、イギリスの流刑植民地を建設。約750名の囚人と約550名の海兵隊員・役人・家族が上陸した。当初ボタニー湾に向かったが不適と判断し、北のポートジャクソンに移動。1月26日にイギリス国旗が掲揚され、この日が後にオーストラリア・デーとなった。

歴史的背景

アメリカ独立戦争(1776-83年)によりイギリスは北米への囚人送還先を失い、過剰収容となった監獄船(ハルク)の問題が深刻化していた。ジョセフ・バンクスの推薦もあり、クック船長が発見したニューサウスウェールズが新たな流刑地に選定された。太平洋における海軍拠点確保という戦略的目的も背景にあった。

地形・地理的特徴

シドニー湾(ポートジャクソン)は世界有数の天然良港で、深い入り江が複雑に入り組む溺れ谷(リア式海岸)。豊富な淡水(タンク・ストリーム)と穏やかな錨地を提供し、植民地の立地として最適であった。周囲のユーカリ林とブッシュランドはヨーロッパ式農業には適さず、初期入植者を苦しめた。エオラ族の伝統的領域であった。

歴史的重要性

ヨーロッパ人によるオーストラリア植民地化の始まりであり、先住民アボリジニに壊滅的な影響をもたらした。土地収奪、疫病の蔓延、フロンティア戦争により先住民人口は激減した。1月26日の「オーストラリア・デー」は先住民にとって「侵略の日」であり、現在も国民的議論の対象となっている。近代オーストラリア社会の起源となった。

参考文献

  • Hughes, R. 'The Fatal Shore' (1987)
  • Clendinnen, I. 'Dancing with Strangers' (2003)