概要
マイソール王国のハイダル・アリーとその子ティープー・スルタンがイギリス東インド会社と4次にわたり戦った戦争。ティープーは「マイソールの虎」と呼ばれ、フランスと同盟を結び、ロケット兵器を使用してイギリスに激しく抵抗。第四次マイソール戦争(1799年)でシュリーランガパトナの戦いで戦死した。
歴史的背景
ハイダル・アリーは傭兵から身を起こしマイソール王国の実権を握り、近代的な軍を整備した。ティープーはフランス革命に共鳴し、自由と平等の理念を掲げてイギリス植民地主義に抵抗した。
地形・地理的特徴
マイソール王国はデカン高原南部に位置し、東西ガーツ山脈に囲まれた高原地帯。シュリーランガパトナ島要塞はカーヴェーリ川の中州に位置する天然の要塞で、ティープーの本拠地であった。
歴史的重要性
イギリスのインド支配に対する最も頑強な軍事的抵抗。ティープーのロケット兵器はイギリスのコングリーヴ・ロケットの開発に影響を与えた。イギリスにとって南インド支配の確立を意味し、マラーターとの最終戦争への布石となった。
参考文献
- Kate Brittlebank, Tipu Sultan's Search for Legitimacy, 1997
- Mohibbul Hasan, History of Tipu Sultan, 1971