概要
プロイセンのフリードリヒ大王が、オーストリア、フランス、ロシア、スウェーデンの包囲網に対して戦った「最初の世界大戦」。ロスバッハの戦い(1757年)でフランス軍を撃破、ロイテンの戦い(1757年)でオーストリア軍を破るなど軍事的天才を発揮したが、1759年のクーネルスドルフの敗北で壊滅的打撃を受け、ロシア皇帝の急死(ピョートル3世)による「ブランデンブルクの奇跡」で辛うじて生き延びた。
歴史的背景
マリア・テレジアがシレジア奪回を目指し、フランスと同盟(「外交革命」)。プロイセンはイギリスと同盟したが、大陸でほぼ孤立。フリードリヒは先制攻撃でザクセンを占領したが、圧倒的な敵に包囲される形となった。
地形・地理的特徴
ヨーロッパではプロイセンのザクセン・シレジア・ボヘミアの平原と丘陵が主戦場となった。フリードリヒ大王は内線の利を活かし、四方からの敵に対して各個撃破戦略を採用。北米ではフレンチ・インディアン戦争、インドではプラッシーの戦いが並行した。
歴史的重要性
プロイセンの大国としての地位を確立し、ドイツ統一への道を開いた。パリ条約でフランスは北米とインドの植民地の大部分を喪失し、大英帝国の世界覇権が確立。近代的な国際秩序の形成に寄与した。
参考文献
- フランツ・シェッティンガー『フリードリヒ大王』
- マット・シュレシンジャー『七年戦争』