概要
大北方戦争の決定的会戦。ロシアのピョートル大帝がスウェーデン王カール12世の精鋭軍を撃破した。カール12世は負傷しながら戦場を指揮したが、ロシア軍の野戦築城と砲兵の優位を克服できなかった。スウェーデン軍は約9700が戦死・負傷、約1万5千が降伏。カール12世はオスマン帝国に亡命した。
歴史的背景
カール12世は1700年に大北方戦争が始まると、デンマーク、ポーランド・ザクセンを次々に屈服させ、1708年にモスクワ目指してロシアに侵攻。しかしウクライナへの転進で補給線が延び、コサックのマゼーパとの同盟も期待通りの効果を上げなかった。
地形・地理的特徴
ウクライナ中部のドニエプル川支流ヴォルスクラ川沿いの平原。スウェーデン軍は長い冬営で消耗しており、記録的な寒波(1708-09年の冬はヨーロッパ史上最も寒い冬の一つ)がカール12世の軍を3万から約2万に減少させた。泥濘の平原はスウェーデン軍の機動を妨げた。
歴史的重要性
スウェーデンのバルト海覇権の終焉とロシアのヨーロッパ大国としての台頭を確定させた。ピョートルはニスタット条約(1721年)でバルト海沿岸を獲得し、「インペラートル(皇帝)」の称号を受けた。ロシアのヨーロッパ史への本格的参入の画期。
参考文献
- ピーター・イングランド『ポルタヴァの戦い』
- ロバート・マッシー『ピョートル大帝』