概要

ルイ14世がフォンテーヌブロー勅令を発布し、1598年のナントの勅令を廃止。プロテスタント(ユグノー)の礼拝を禁止し、教会を破壊、聖職者を追放した。「ドラゴナード」(軍隊の強制宿営による改宗強要)が各地で実施された。約20万のユグノーがオランダ、プロイセン、イングランド、スイス、アメリカに亡命した。

歴史的背景

ルイ14世は「一つの国王、一つの法、一つの信仰」を目指し、カトリック統一を国家統合の手段と考えた。すでに1680年代からドラゴナードにより強制改宗が進められており、勅令廃止はその仕上げであった。教皇も当初はこの措置を歓迎した。

地形・地理的特徴

フォンテーヌブロー宮殿はパリ南東約60kmの森林地帯に位置する王宮。勅令の影響はフランス全土に及び、特にラ・ロシェル、モンペリエ、ニームなどユグノーの集住地域で激しい迫害が行われた。

歴史的重要性

フランスの知的・経済的エリートの大量流出をもたらし、フランス経済に深刻な打撃。プロイセンのベルリンにはユグノーの集団が移住し、プロイセンの近代化に貢献。宗教的不寛容の象徴的事例として、啓蒙思想家たちの批判の対象となった。

参考文献

  • ジェフリー・アダムス『ユグノーとフランスの意見』
  • エリザベス・ラブリュス『「良いフランス人」:フランスのプロテスタント』