概要

16-17世紀にかけてイースター島の森林が完全に消滅した後、氏族間の戦争が激化しモアイが組織的に倒壊された(フリ・モアイ)。鳥人崇拝(タンガタ・マヌ)の新たな宗教が台頭し、毎年オロンゴ村でマケマケ神への競技的祭祀が行われた。1722年にオランダ人ヤコブ・ロッゲフェーンが「復活祭の日」に到達し、1862年にペルーの奴隷狩り隊が島民の大半を拉致した。

歴史的背景

モアイ建設競争による森林資源の枯渇、ポリネシアン・ラット(ネズミ)の導入によるヤシの実の食害、人口増加による環境圧力が複合的に作用した。従来のダイアモンド説(自己破壊的なモアイ建設競争)に対し、近年はヨーロッパ人との接触後の疫病と奴隷狩りの影響がより大きいとする修正説が有力。

地形・地理的特徴

南太平洋の孤島ラパ・ヌイ。最寄りの有人島から2000km以上離れた絶海の孤島で、森林が消滅した後は風と塩害に晒される荒涼とした環境となった。

歴史的重要性

資源の限界と文明の持続可能性に関する最も引用される歴史的事例。環境決定論と植民地主義の影響のどちらが主因かをめぐる論争は、現代の環境問題を考える上でも重要な示唆を含む。ロンゴロンゴ文字の未解読も学術的関心を集め続けている。

参考文献

  • Diamond, Collapse
  • Hunt & Lipo, The Statues That Walked