概要
朝鮮王朝最大の飢饉。庚戌年(1670年)から辛亥年(1671年)にかけて全国的な凶作が続き、数十万〜百万人規模の死者が出たとされる。壬辰倭乱・丙子胡乱からの復興途上での大災害であり、朝鮮社会に深刻な影響を与えた。人口が急減し、土地制度の変容を促した。
歴史的背景
17世紀の「小氷期」による世界的な気候変動の影響。朝鮮半島では冷夏と旱魃が交互に襲い、穀物の不作が連続した。壬辰倭乱で荒廃した農地の復旧が不十分な状態での大飢饉であった。
地形・地理的特徴
朝鮮半島全域が異常気象に見舞われた。特に南部の穀倉地帯が壊滅的な被害を受け、山間部の農村では飢餓による死者が続出。道路沿いに餓死者の遺体が放置される惨状が記録されている。
歴史的重要性
朝鮮の人口構造と社会制度に大きな変化をもたらした。空閑地の増加は土地制度の変革(均田制への移行論議)を促し、身分制の動揺を加速させた。17世紀の世界的な「危機の時代」における朝鮮の経験として注目される。
参考文献
- 朝鮮王朝実録
- 備辺司謄録