概要
イングランド内戦で議会軍に敗れたチャールズ1世が、「暴君、反逆者、殺人者、国家の公敵」として裁判にかけられ、公開斬首された。ヨーロッパの近代史上、正当な裁判手続きを経て処刑された最初の君主。チャールズは「私は善き王から殉教者となる」と最後の言葉を述べた。
歴史的背景
チャールズ1世は王権神授説を信じ、議会の権限を無視して11年間議会なしで統治した。スコットランドでの主教制導入の試みが反乱を招き、戦費調達のために議会を召集せざるを得なくなった。第一次内戦(1642-46年)で敗北後も妥協を拒否し、第二次内戦を引き起こした。
地形・地理的特徴
ホワイトホール宮殿のバンケティング・ハウス前に処刑台が設置された。テムズ川北岸のウェストミンスター地区は王権の象徴的空間であり、その場所での国王処刑は革命の不可逆性を示す演出であった。1月の極寒の中、チャールズは震えを恐怖と見られないよう二枚のシャツを着用した。
歴史的重要性
君主制に対する人民主権の勝利として、近代政治思想に深い影響を与えた。フランス革命に先行する約150年前の出来事であり、ルイ16世の処刑の先例となった。しかし共和政は11年で挫折し、1660年に王政復古が実現した。
参考文献
- C.V.ウェッジウッド『国王の戦争』
- ショーン・ケリー『チャールズ1世の処刑』