概要
清の多鐸率いる軍が揚州を攻略後、10日間にわたり虐殺・略奪を行った(揚州十日)。同時期に「薙髪令」(辮髪令)が発布され、漢人に満州式の辮髪を強制。「髪を留むる者は頭を留めず」の方針で抵抗者を処刑した。
歴史的背景
南明政権の抵抗拠点・揚州の陥落は江南制圧の転機。辮髪令は漢人の民族的アイデンティティを否定する政策で激しい抵抗を招いた。嘉定では3度の虐殺が行われた。
地形・地理的特徴
揚州は大運河と長江の交点に位置する商業都市。清軍の南下路上にあり、史可法が守将として防衛したが陥落。嘉定三屠も同年に発生。
歴史的重要性
清の暴力的征服の象徴。辮髪は約270年間漢人の外見を規定し、辛亥革命で「辮子を切る」ことが革命の象徴に。漢族の民族意識形成に深い影響。
参考文献
- 『揚州十日記』王秀楚
- 『嘉定屠城紀略』