概要

オランダ東インド会社の命を受けたアベル・タスマンが、バタビア(ジャカルタ)から南方大陸「テラ・アウストラリス」探索に出航。1642年11月にタスマニア島(当初「ファン・ディーメンスラント」と命名)に到達後、東進してニュージーランド南島西岸を発見。ゴールデン湾でマオリとの接触を試みたが武力衝突が発生し、乗組員4名が殺害されたため上陸を断念した。

歴史的背景

17世紀のオランダ東インド会社は東南アジアの香辛料貿易で巨利を得ていたが、南方に伝説的な大陸「テラ・アウストラリス」が存在するとの期待から探検を企画した。タスマンはバタビア総督アントーン・ファン・ディーメンの命により、南太平洋の航路開拓と金・銀の発見を目的として派遣された。

地形・地理的特徴

ニュージーランド南島の西岸は、サザンアルプスが海岸近くまで迫る急峻な地形で、フィヨルドと深い入り江が連続する。タスマンが最初に接近したゴールデン湾(現在のマードラーズ・ベイ)は南島北端の比較的穏やかな湾だが、強い潮流と不安定な天候が航海を困難にした。

歴史的重要性

ヨーロッパ人によるニュージーランドおよびタスマニアの初到達。しかしタスマンは上陸調査を断念し、オランダはこの発見を商業的に活用しなかった。結果としてニュージーランドは100年以上ヨーロッパ人の訪問がなく、クック船長の到達まで「忘れられた」。オーストラリアの旧称「ニューホランド」はこの航海に由来する。

参考文献

  • Slot, B. 'Abel Tasman and the Discovery of New Zealand' (1992)
  • Sharp, A. 'The Voyages of Abel Janszoon Tasman' (1968)