概要
島原・天草地方のキリシタン農民約37000人が、苛政と信仰弾圧に耐えかね蜂起。天草四郎時貞を指導者として原城に籠城したが、幕府軍12万の攻撃を受けて全滅。江戸時代最大の内乱であり、鎖国政策と禁教令の強化を決定づけた。
歴史的背景
島原藩・天草の過酷な年貢と激しいキリシタン弾圧が蜂起の原因。天草四郎は16歳の少年で、カリスマ的指導者として農民を結集させた。
地形・地理的特徴
島原半島と天草諸島は九州西部の海に面した地域。原城跡は有明海に突き出した岬の上にあり、天然の要害として約37000人の籠城を支えた。
歴史的重要性
鎖国の完成を決定づけた事件。ポルトガル船の来航禁止、出島へのオランダ商館移転が実施され、以後200年以上の鎖国体制が確立。日本のキリシタン史の最大の悲劇。
参考文献
- 『島原記』