概要
ボヘミアのプロテスタント貴族が皇帝の代理人2名と書記1名をプラハ城の窓から投げ落とした。3名とも堆肥の山に落ちて生存(カトリック側は天使が救ったと主張)。この事件が三十年戦争の直接的な引き金となり、ヨーロッパ全土を巻き込む大戦争に発展した。
歴史的背景
神聖ローマ皇帝マティアスの後継者フェルディナント(後のフェルディナント2世)がボヘミアのプロテスタントの権利を制限する政策を推進。1609年の「勅許状(マイエスタートスブリーフ)」で保障されたプロテスタントの信仰の自由が脅かされたことが反乱の原因。
地形・地理的特徴
プラハ城はヴルタヴァ川西岸の丘陵上に位置する巨大な城塞複合施設。フラチャニの丘から旧市街を見下ろす位置にあり、ボヘミア王国の政治的中心地。事件は城内の王国官庁の窓から帝国代表が投げ落とされたもので、落差約17mだった。
歴史的重要性
三十年戦争(1618-1648年)の発端であり、宗教・政治・国際関係が複雑に絡み合うヨーロッパ最大の戦争を引き起こした。ウェストファリア条約による近代国際体制の成立につながる決定的事件。
参考文献
- C.V.ウェッジウッド『三十年戦争』
- ピーター・ウィルソン『三十年戦争』